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第19話『憧憬を抱く人物との邂逅』

「お、来たね。鍛誠たんせいくん、久しぶり」

「……え、あの、その」


 えぇええええええええええええええええええええ!?

 本当に義道ぎどうさんが目の前に居るんですけどおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?


 落ち着け、落ち着くんだ。

 義道さんとは何回か、ちょこーっと話をしたことがあるじゃないか。

 それなのに取り乱していたら、明らかに不審がられるに決まっている。


「前に挨拶をしたのはいつぶりだったかな? あ、ごめんね座っていいよ」

「ありがとうございます」


 ……少しだけでも話したことがあると言ってごめんなさい。

 そうです、そうなんです。

 俺が義道さんを言葉を交わしたのは、ただの挨拶だけなんです。


 長テーブルを挟んで、俺は義道さんの正面、夏陽さんは俺の隣に腰を下ろした。


「ここの会計は気にしないで。俺が全部出すから」

「え、でも」

「まあこう見えても、最前線チームのリーダーだからね。お金は持っている方だよ。といっても、キミには無意味な説明だろうけど」

「え?」

「ちなみに、シンくんのことはある程度リーダーに話をしてあるから。まあその、私が知っていることはほとんどリーダーも知っているってことだね」

「え」


 それはつまり、他言無用とされているスキル以外のことは説明済みってことですか?

 え、それって……俺は今、物凄く恥ずかしい状況に置かれているということになるんじゃ?

 尊敬してるって、目標にしているって、そういうことも伝えちゃってるってことですよね⁉


 俺は初めて夏陽かやさんへ恨みの念を込めた視線を向ける。


「まあまあ、話を円滑に進めるためには必要だった、ということで」

「それはそうでしょうけど……」


 それぐらいはわかっているつもりだ。

 偶然にも行動を共にしているからって、得体の知れない人物と接触するなんて普通だったありえない。

 ファンを装って攻撃を仕掛けてくるかもしれないんだし。


 だけど、義道ぎどうさんは話を聴いて“俺と会う”という選択をしてくれたんだ。

 懐に余裕があるというか人間性が素晴らしいというか――素直に、嬉しい。


「一緒に注文しちゃおう」

「わ、わかりました! えっと……」

「ゆっくりで大丈夫だよ。今日はここを貸し切ってるから」

「そうだったんですね、ありがとうご……え、今なんて言いました?」

「ここは昔からの知り合いが経営しているお店でね。いろいろと融通が利くんだ。まあでも、ちゃんとお金は使わないと怒られちゃうんだけど」

「な、なるほどです」


 何から何まで凄い、そして何もかも次元が違いすぎる。




「さて、飲み物が届いたということで。早速本題に移ろう」


 その義道さんの言葉に背筋が勝手にピンッと伸びた。


「まず初めに、俺は鍛誠たんせい一心いっしんくんに興味が湧いてしまった」

「……」

「最初こそ夏陽の話を聴くだけに留めておいたんだけど、スキルの話を聴いて凄いと思ったし協力してあげたいと思った」

「え……」

「夏陽に関しては、完全に最初は出来心で行動を共にすることになったと思うんだけど、今は俺と同じ心境らしい」

「リーダー、それはさすがにいろいろと直球すぎない?」

「いや、それは逆だよ」

「んえ?」

「鍛誠くんは、本気で強くなろうとしている。違うかい?」

「はい、そうです」

「夏陽だって、そう思ったから指導したり協力していたりするんだろう?」

「まあそうだけど」

「そんな相手に対して隠しごとをしたり、回りくどく言うのは失礼になると、俺は思う。そして、それは時間の無駄でしかないし、溝を生みかねない」

「むー、それぐらい私にもわかりますよーだ」

「それに、俺たちだってうかうかとしてられないんだぞ」

「どういうこと?」

「俺を――いや、俺たちを目標にして追いつこうとしている人たちが、少なくとも目の前に居るんだ。もしかしたら、そう遠くない未来に肩を並べて戦う機会があるかもしれない」


 夏陽さんは義道さんに悟られ、イチゴオレ入りのグラスを口元へ運んでストローに口をつけて、ちょっとだけ不貞腐れている。


「さて、じゃあこれからどうするのかという話だけど。あまり知られていないんだけど、実はここの地下には演習場があってね。そこで鍛誠くんのスキルをいろいろと試してみないかい?」

「本当にいいのですか……?」

「ああ。むしろこちらが楽しみにしているぐらいだからね。そして、気兼ねなくスキルを使用できるよう、防御特化のスキル所持者も用意してあるから思う存分力を発揮して大丈夫だ」

「も、もしかして」

「はははっ、さすがだね。夏陽の話は本当みたいだ。これだけしか情報を出していないのに、誰が待っているのかすぐにわかっちゃうんだね」

「でしょ。シンくんってもしかして、私たちの隠れオタク? 的な? ファン? 的なやつなのかなって、最初は思ったもん」

「あながち間違ってはいないのかもね?」

「いえ、あの、その……」


 俺はあまりの恥ずかしさに目線を下げた。

 だけど、自分でもわかるぐらいには顔が熱っついし、耳も真っ赤になっているだろうと容易に想像できる。


「まあまあ、俺たちを追いかけてくれるってのは嬉しいことだから。冷たいココアを飲んで落ち着いてよ」

「あ、ありがとうございます……」


 目線だけは下げたまま顔を上げ、自分のグラスに口をつける。


「そして、こちらとしてもしっかりと対価を支払わなければならないね」

「そうそう、それはリーダーに任せるからね」

「ああ、そのつもりさ」


 対価……?


鍛誠たんせいくんは納得しないと思うんだけど、ここは何も言い返したりせずに受け取ってほしい」

「どういうことですか?」

「あれだよ、俺たちは少なくとも鍛誠くんのスキルを情報として共有することになる。スキルっていうのは――ここら辺は説明を受けていると思うけど、対人戦においては重要な情報であり鍵になってくる。そして、こちらは今回の件で学びを得る。だから、対価を受け取ってほしいということだ」

「難しいことはわかりません。ですが、ここは俺がすんなりと受け取れば問題ないということですね?」

「話が速くて助かるよ、ありがとう」


 そう言い終えると、義道ぎどうさんは立ち上がる。


「さて、そろそろ移動を始めようか」

「はいっ!」

「あ、ちゃんと飲み物は全部の飲み切ってね」

「わかりました!」


 俺は頭がキンキンに痛くなりながら、冷たくて美味しいココアを一気に飲み干した。

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