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第四章

第21話『最終日、余韻が抜けずに』

 昨日は驚きの連続だった。

 義道ぎどうさんや紅城あかぎさんと出会うことができただけではなく、あんな凄い戦闘を見せてもらえたということもあり、寝付くまでずっと興奮状態が続いていた。


「……」


 それは今も同じで、こうして夏陽かやさんとの合流場所に向かっている最中にも口角が上がってしまうほど。

 道行く人の視線があるから、なんとか抑えられているけど……体はウズウズしてしまって、今すぐにでも全速力で走り始めてしまいそうだ。


 目を閉じなくたって鮮明に思い出す。


 紅城あかぎさんの、紅い盾。

 あれは単なる障壁としての役割を果たしているだけではなさそうだし、何より噂通りに強固な防御だった。

 さすがは最前線ということもあって、頼れる盾という感じ。

 でも、逆に考えたら……あれぐらいのスキルと技術や経験がないと通用しないということでもあるんだよ、ね。


 義道ぎどうさんのスキルも凄かった。

 記憶を遡っても、上手く言葉にできないスキル。

 可視化することができるようになった風、という表現が今のところは一番しっくりくるような気がする。

 何が凄いって、攻撃だけではなく自分や仲間を強化しているようにも見えたし、あの感じだともしかしたら防御に回すこともできるのかもしれない。

 いや待てよ、その要領だったら分割することも出来たりするんじゃないのかな?


 あんな至福の時間はそこまで長くなかったけど、ありとあらゆる妄想が次々に広がっていってしまう。


夏陽かやさん、おはようございます」

「おっ。おはよーうシンくん」


 夏陽さんと顔を合わせるのは昨日の夜以来。

 そして、こうして待ち合わせをしていた場所はダンジョンの施設前。


「んー、くーっ」

「どうしたんですか、そんなに体を伸ばして」

「いやさ~、あの後がね。リーダーと話をしたのはいいんだけど、いろいろと指導が入っちゃって」

「もしかして俺のせいだったりしますか?」

「そうと言えばそうなんだけど、どちらかというと私が原因だね~。教えるんだったら中途半端にするな、知識を整理せず言葉に出すなとかとか。本当、リーダーって痛いところを突いてくるんだよね。そういうのはモンスター相手だけにしてほしいんだけど」

「な、なるほど。そういうことだったんですね」


 ぐーっと空に向かって体を伸ばしていた夏陽さんは、背中に重りがのっかっているかのように丸まってしまった。


「まあでも、シンくんが元気そうで何より」

「え、どういうことですか?」

「いやさ~、リーダーのあれ・・とか見ちゃうとガッカリしちゃわない? 最初は力に圧倒されて目をキラキラさせていられるんだけど、段々と……実力差を嫌でも感じちゃうっていうか、現実と理想が崩れていくっていうか」


 夏陽さんが言おうとしているのは、きっとここ数日間の間にしてくれた身の上話のことだと思う。

 確認しようとしてくれていることは理解できる。

 もはや生きている次元が違うとさえ感じ取ってしまいそうなあの光景を前に、心が折れてしまわないか、を確認してメンタルケアをしてくれようというのだろう。


 俺が"義道さんに追いつきたい"という目標を掲げていなかったら、なけなしの自信が粉々に砕け散っていたかもしれない。


「少し前までの俺だったら、自信喪失していたかもしれないです。でも、いろいろなことがあって、夏陽さんとの出会いもあって全然大丈夫です。むしろ、俄然やる気が湧いてきちゃってます」

「うわ、凄いね。私とは正反対ってわけだ」

「かもですね」


 夏陽さんが懸念してくれていることは、事実と言えば事実だ。

 勝手に創り上げていた壁が、より高くなったのは間違いない。


「それじゃあ、とりあえず歩こうか」


 俺たちは施設へと足を踏み入れた。


「最初にも言ったけど、いよいよ今日が最終日というわけだね」

「短い期間でしたが、いろいろとありがとうございました。そして、今日もよろしくお願いします」

「今の内に言っておくけど、最初の予定とは違う感じになっちゃった」

「と言いますと?」

「えっとね、最終日は『バンバン討伐して経験とお金を稼ごう!』っていう感じの予定を組んでたの」

「その方が自然ですもんね。2日間で学んだことを実践する、という感じで」

「そうそう、そうなんだよ。わかってくれるんだねシンくん」

「その感じですと、もしかして義道さんから?」

「シンくんって、超能力者だったりする?」

「いいえ、違いますね」


 昨日の今日で予定が変わったというのだから、もはやそれ以外の要因が思い浮かばなかっただけだ。


「今は他の人の目と耳があるから詳細は話せないんだけど、簡単に言っちゃったら頭を使う方が多いかも、って感じ」

「……なんとなくですがわかりました」


 周りの行き交う人たちを横目に、パッとそんな言葉を漏らしてしまった。


「な、なんだとー? このやり取りだけである程度はわかってしまったと? やはり、シンくんは超能力が使えるんじゃ……」

「いやいや、全然そんなことはないですって。上手くは表現できないですけど、『戦闘技術とかを大雑把に教えるのではなく、理解できるように説明しながら指導しろ』、的なことを言われたんじゃないですか?」

「そう! まさにそう! 本当にそのまま!」

「で、ですよねー」


 短時間だったけど、義道さんと夏陽さんの関係性などを観ていたら容易に想像できてしまう。

 そして夏陽さんの天才肌で上り詰めた実力は、自分だけがわかっていたらよかったものだから、それを他人に伝えるのはとても大変なことなんだと思う……たぶん。


「でもさ、まだまだ初心者の内に小難しい情報を頭に入れたとしても、先頭の妨げになると思うんだけどなぁ。まあ、こればっかりはシンくんがどこまで食らいついてこられるかって話なんだけど」

「期待に応えられるよう、最善を尽くします」

「ごめん、少しだけ言葉選びを間違えたかも。正しくは、有り余る知識を1人で抱えるのは大変だし辛いかも、って話なんだ」

「どうしてですか?」

「んー、少なくともさ。シンくんのパーティメンバーはガチャスキルを手に入れてないんだよね?」

「はい、そうです」

「だとすると、知識と経験を積んだシンくんはこれから孤独な道を歩むことになるかもしれない。足並みが揃わないっていうのは、想像以上に大変なものだからね」

「……」


 夏陽さんが言いたいことは、理解できているつもりでも、根本的なことは経験すらしていないから本当の意味では理解ができていないんだと思う。

 天才肌とは言っても、夏陽さんだって沢山の努力や経験を積んできたはずだ。

 そして、今も懸念してくれている"孤独"という単語には想像以上の重さが加わっているような感じがする。


「さて、今日の予定は午前中にお勉強をしながらモンスター討伐をして、その後にお昼休憩でここに戻ってくる。そして、午後も似たような感じで夕ご飯休憩するために戻ってくる。最後に夜は復習をしながら、キリのいい所までモンスターを討伐し続ける。って感じでいこうと思ってる」

「わかりました、それでお願いします」

「とは言ったものの、明日の予定は大丈夫? ちなみに、私は明日の午後に集合だから時間は大丈夫」

「そう……ですね。明確には決まってないですけど、明日は午後からの活動予定です」

「なら大丈夫そうだね。一応、どこかの休憩時間中に活動再開時間ぐらいは確定させておいた方がいいと思うよ」

「そうですね、お昼休憩の時にでも連絡を入れておこうと思います」

「よーし、じゃあ本日も張り切って行きましょー」

「よろしくお願いします!」

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