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No.36 第17話『一喜一憂』- 3



そこにあったのは笑顔じゃなくて、真剣な表情で見つめてくるなおの顔。

思っていたのとは違う表情と、じっと見つめてくる視線にドキッとした。


どうしたんだろうと思って口を開こうとした瞬間、スプーンを口から引き抜かれる。

それと同時に、自分の右手をぎゅっと握られる感覚がした。


「……。」


思考が追いつかない。何も言葉が出てこなくて、ただただなおの目を見つめ返す。

自分の頬がジワジワと熱くなっていくのを感じるけれど、胸の鼓動が強過ぎてよくわからなくなる。

心臓が動いてるんじゃないかと錯覚するくらい、体中が脈打ち始めた。


私を見つめていたなおが突然視線を逸らして俯く。

お互いに何も言葉が出てこなくて静まり返る中、強く握られている右手が緊張でプルプルと震え始めた。


DVDで見た、告白のシーン。

それがあまりにも今の状況と似ているものだから、期待なんて通り越して頭が真っ白になる。


好きだと言ってくれるのかもしれない…

そんな考えが脳を過った瞬間、なおが口を開いて言葉を発した。


「なつ、僕が…」


でもその声を、聞いたことのある声が遮って、誰かが部屋の中へ入ってきた。


「平田ー?いるんでしょ?」

「…山下?」


部屋の入り口付近から聞こえてきた声になおが返事をする。それと同時に握られていた手をパッと離されてしまった。

さっきまでは強く圧迫を受けていた右手が解放されたことで、とてつもなく寂しさを感じる。


ううん、きっと原因はそれだけじゃない。

私となおだけだったこの二人だけの空間へ、山下さんが入ってきたことが一番の原因だと思う。


山下さんが現れたことで、なおの世界から、私は存在しなくなる。


「あー、やっぱりここにいたー」

「何だよ」

「美術室の方に一人で行くの見たって人がいたから、わざわざ探してやったんじゃん」

「……?何で」


私の代わりに、山下さんという女の子がなおの世界に入って、同じ空間を共有し始める。

私とは違う…生きている人たちの世界。


「一人で回ってる可哀想な誰かさんのために一緒にいてあげようと思ってさ」


ちゃんと、わかってるはずなのに…

私が入ってはいけない世界なんだと、わかってるはずなのに…


「……!」


なおを、渡したくないと思ってしまう。


存在しないように振る舞わなくちゃいけない状況で、私は無意識になおの左手へ手を伸ばしていた。

さっきまで握っていてくれたように私から手を握って、そのまま黙りこむ。


話しかけはしない。でも、行かないでと…体で精一杯表現した。

そんな私の行動を見て、なおが一瞬驚いたような顔になる。


「っていうか、ここ狭過ぎ。何でこんなとこにいるわけ?」


山下さんが、私達のいる部屋の隅へ歩いてきた。

無造作に山積みにされている木材や看板を避けながら、中腰になって進んでくる彼女。


私達の目の前へ辿りつき、恥ずかしげもなくなおの右手をぎゅっと握った。


「2‐Bのお化け屋敷、結構怖いらしいよ?暇つぶしに行かない?」

「……今、飯食ってるから」

「えー、後でいいじゃん。行こうよ」


一瞬、なおが私の握っていた方の左手に力を入れてくれる。その直後、山下さんの誘いを断ろうとしてくれていた。

なおの発してくれた言葉に嬉しくなり、俯いていた顔を上げた瞬間…


「あッ」


山下さんの肩にぶつかって衝撃を受けた看板の山が…


「山下…!」


私達三人の方に崩れ落ちてきた。

崩れてくる看板を目撃した時の、なおの行動は正しかった。


私と繋いでいた手を一瞬で離し、山下さんの方へ駆け寄って行く。

その姿が、何故かスローモーションに見えて、ぎゅうっと胸を締め付けられた。


離された手を確認するよりも早く、大量の看板が私の方へと落下してくる。


耳に聞こえてくるのは、一際大きく鳴り響く破壊音。

看板が私の体をすり抜けていく中で、なおが山下さんの手を握る姿が目に入った。


そのまま倒れ込むように逃げたことで、二人は看板にぶつかることなく避けることが出来た。

自分へ降り続けてくる看板達が、なおの買ってくれた食べ物をグシャッと潰していく。


そんな光景を見ていられなくなって、ぎゅうっと力強く目を瞑った。


込み上げてきた感情が喉へ迫ってきて、涙腺へと押し寄せてきて、我慢できなくなる。

ボロボロと流れ落ちてきた涙は両頬に一筋の跡を作った。


「山下ッ、無事か?!」

「う、うん…大丈夫」


二人の声が耳に入ってきたのと同時に自分の顔を膝へと隠す。

泣いていることがバレないように、ひたすら溢れ出す涙を拭った。


なおの判断のお陰で、誰一人怪我をしないで済んだ。


「…ッ、ふ…ぅ」


なおの行動は、何一つ間違っていない。


私の手を離せば、私に物がぶつかることはない。

山下さんを助けに行けば、誰一人傷つくことはない。


「う゛う…ッ」


なのに、私の心だけは…痛い痛いと悲鳴をあげ続けていた。


「ごめん…買った物、潰れちゃったね」

「……うん」

「今から買い直してくる。平田、何食べたい?」

「別にいいよ…仕方ないし」


二人の会話が、すごくすごく遠く感じる。なおの声さえも…


「手…離して」

「あ…!ごめん、繋いだままだったね!」


遠く遠く、感じてしまった。

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