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episode_0142

「決まったか?」


 向かいであちこちメニュー表を捲っているアリーシャに声を掛ける。


「迷ってしまいますね……。パフェも美味しそうですが、ケーキも良さそうで」


「う〜ん」と唸りながら真剣な顔で悩むアリーシャに、小さく相好を崩すと提案する。


「気になるなら、どっちも頼めばいい」

「でも、そんなに頼むのも……」

「ケーキは俺が頼もう。コーヒーとセットにすると、得らしいしな」


 メニュー表には、単品でケーキを頼むよりも、コーヒーとセットで注文した方がお得だと書かれていた。


「好きなケーキを選ぶといい」

「オルキデア様はいいんですか?」

「甘いものはあまり得意じゃなくてな」


 安心させるように頷くと、アリーシャはメニュー表を見せながら指差したのだった。


「じゃあ、これ……」


 アリーシャの白く細い指先が示したのは、白いレアチーズケーキだった。


「決まりだな」


 オルキデアが店員を呼ぶと、レアチーズケーキのコーヒーセットと、ポスターにも載っていたパフェとアリーシャが選んだ季節の紅茶ーーこの時期は、スイートポテトとマロンとパンプキンの紅茶らしい。と単品でサンドイッチを頼んだのだった。


 少しして、飲み物と一緒に届いたのはレアチーズケーキだった。

 運んでくれた店員が下がると、自分の前に置かれたケーキをアリーシャに差し出す。


「先に食べていいんですか?」

「先にどころか、全部食べていいぞ。甘い物は苦手なんだ」

「それで気にせず選べって言ったんですね」


 合点がいったと言いたげなアリーシャからコーヒーに目線を移すと、オルキデアは口を付ける。程よい苦味と酸味が口の中に広がり、心地良い気持ちになる。

 やはり、上質な豆を使っているらしい。


「でも、全部食べてしまうのも気が引けてしまいます。一口くらい、食べてみませんか?」

「一口でも、君が食べる分が減ってしまうがいいのか」

「私は大丈夫です。パフェもありますし」


 三角形に切られたケーキの先をフォークで小さく切り分けると、アリーシャは差し出してくる。


「これくらいなら、どうですか?」

「まあ、それくらいなら」


 アリーシャが差し出したフォークを受け取ろうと手を伸ばしかけたところで、ふと思い留まる。


(夫婦らしくか)


 こういう時、新婚の夫婦ならどうするだろうと考える。

 近くのテーブルを見ると、オルキデアたちと同年代くらいの若いカップルが互いのケーキを交換し合っていた。


(そうか、ああやるのか)


 カップルがどう交換し合っているのか観察していると、アリーシャが心配そうに声を掛けてくる。


「どうしましたか? やはり、嫌でしたか……?」

「いや、なんでもない」


 オルキデアはダークブラウン色の髪が邪魔にならないように耳にかけると、フォークを持つアリーシャの手首を掴んで、自分の顔に近づける。


「あっ……」


 小さく声を漏らしたアリーシャの前で、オルキデアは直接フォークに口を付けたのだった。


 濃厚な酸味のクリームチーズと、その下の甘すぎず固すぎないクッキー生地が非常にマッチしていた。

 オルキデアが頼んだコーヒーとの相性も悪くなく、甘味が苦手でも美味しく食べられたのだった。


「レアチーズケーキだったか? なかなか、美味いな。これなら俺でも食べられそうだ」


 アリーシャの華奢な手首を離しながら、ケーキの感想を話していると、「そうですか……」とアリーシャは小声で返す。


「まさか、オルキデア様が恋人みたいなことをするとは思いませんでした」

「恋人どころか、夫婦だからな。……仮だが」


 その言葉に耳まで真っ赤になると、アリーシャは残っていたレアチーズケーキを食べ始める。

 小声で「美味しいです……」と話すアリーシャを微笑ましく眺めていると、ようやくパフェとサンドイッチが届けられたのだった。


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