目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

episode_0163

「オルキデア様……?」

「そんな悲しい顔をするな」


 バクバクと心臓の音が聞こえてくる。

 これはアリーシャの心臓の音なのか、それともーー。


「悲しい顔をしていましたか……? 私……」

「ああ」


 膝の上で両手を握りしめて、「すみません……」とアリーシャは小声で呟く。


「余計なことを言いました。私ったら、この間一緒に出掛けた時からおかしいですよね。

 教会で式を挙げる夫婦に羨ましいって言って、今も皆んなから心配されるオルキデア様に羨ましいなんて……。今まで、そんなの思ったことも無かったのに……」

「思っていいんだ」


 大きく開いた菫色の瞳と目が合う。


「思うことが当たり前なんだ。人は誰かを羨むものなんだ。どんなに些細なことでも。

 これまで、君はそんなことを考える余裕が無かっただけなんだ」


 アリーシャがシュタルクヘルトあの家でどんな目に遭ってきたのか、オルキデアは想像しか出来ない。

 けれども、アリーシャの話や様子から、相当酷い目に遭ってきたのだと考える。

 周りを見る余裕が無いくらいに、自分のことで手一杯だったのだろう。世間知らずなのがその証拠だ。


ペルフェクトここにきて、捕虜から解放されて、心身共に余裕が出来て、周囲を見渡せるようになった。それで、誰かが羨ましいと考えられるようになったんだ。

 それは悪いことじゃない。誰もが持っている感情なんだ」


 古来から、人は嫉妬という感情を持っている。

 時には他者を滅ぼし、我が身さえを滅ぼすその感情に人は振り回されてきた。

 切っても切り離せない、死ぬまで持ち続ける感情の一つでもある。


「そうなんですね……」

「何も恥ずべき感情ではない。ただ、扱いには十分注意しなければならない。

 一つ間違えれば、身を滅ぼしかねない感情だ」


 アリーシャから身体を離しながら、「それから」と加える。


「君はもう一人じゃないんだ。俺を心配するのと同じくらい、君の身に何かあったら、セシリアやマルテたちが心配するだろう」

「セシリアさんは心配してくれるのでしょうか?」

「友達になったんだろう。君たちは」


 執務室からアリーシャを移送される時、セシリアと友達になっていたのを思い出す。

 仮眠室でセシリアと服を交換していた際のかしましい話し声から、すっかり仲良くなったのだと思っていたが……。


「それなら、オルキデア様は?」

「俺か?」

「オルキデア様は心配してくれますか? 私は、オルキデア様に何かあったら心配です……」


 自信なさげに俯くアリーシャに、オルキデアはフッと笑うと「当然だろう」と断言する。


「君に何かあったら、俺も心配する」

「本当ですか?」

「ああ。この契約結婚を解消してもな」


 この契約結婚を解消した後のことを、まだ考えていなかった。

 ただ、アリーシャを保護して、オルキデアの事情に巻き込んでしまった以上、今後も何かしらの関係性を持ち続けるだろう。



この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?