「アリーシャさん、用事があって待っていたんですよね。何かありましたか?」
アリーシャはスプーンを動かす手を止めると、「私……」と言いづらそうに話し出す。
「オルキデア様に、嫌われてしまったかもしれません……」
セシリアは一瞬、虚をつかれたような顔になったが、すぐに「どうしてですか?」と、いつもの表情に戻す。
「どうして、そう思ったのですか?」
「オルキデア様に、好きって言ったんです。
これからもずっと一緒に居たいって、オルキデア様のお役に立ちたいって。そうしたら、困った顔をされて」
「困った顔ですか?」
「一昨日も、雷で泣いて、迷惑をかけてしまったので、それで呆れられて、嫌われてしまったのかもしれません……。気持ち悪いとか」
「そんなことはありません。一昨日の落雷は私も驚いてしまいました。たまたま、クシャ様が自宅にいたので良かったですが……。
一人だったら、泣いていたかもしれません」
一昨日の夜、アリーシャが落雷に驚いて泣きじゃくっているという話は、オルキデアから事情を聞いたという夫から話を聞いて知っていた。
オルキデアと出会うきっかけとなった、軍の襲撃時の光景が蘇ったのだろうと。
「子供でも無いのに、雷を怖がって泣き叫んで、オルキデア様に縋りついて……自分でも呆れてしまいます。でも、あの時はどうしても怖かったんです。オルキデア様の言う通りに、少し寝れば気持ちが落ち着きました。
その上で『好き』って……これからもずっと一緒にいたいって告白したんです」
「まあ! アリーシャさんから告白されたんですか!?」
「でも、オルキデア様は『休みなさい』の一点張りで、それ以降は目も合わせてくれません……」
顔を歪めて、スプーンを強く握りしめたアリーシャは、藤色の頭を落として項垂れた。
「気持ち悪いって……おかしいって思われて、嫌われてしまったのかもしれません。
謝りたいのですが、全く顔を合わせてもらえないので、話す機会も無くて……。
私、どうしたらいいんでしょうか? こういうことは初めてで……どうしたらいいのか、よくわからなくて……」
泣きそうな顔で訴えてくるアリーシャに、セシリアは「大丈夫です」とそっと返す。
「オーキッド様はアリーシャさんを嫌ってなんていません。もし嫌いなら、今頃、屋敷を追い出していると思います」
過去にオルキデア自身から、行く先々でだれかしらの女性に付き纏われているという悩みを聞いたことがある。
泊まり先のベットの中に侵入された時は、呆れてベットどころか、部屋から追い出したとか。
ただーーいつも必ず追い出す訳では無いらしいが。
「オーキッド様は戸惑っているだけなんです。女性から愛情を向けられたことがないので」
「女性から愛情を向けられたことがないんですか?」
「アリーシャさんは、オーキッド様とお母様の仲が良くないのはご存知ですか?」
アリーシャは何度も頷いた。そんな友人に愛おしさを感じつつ、セシリアは目元を緩ませると続ける。
「その代わりに、オーキッド様はお父様からたくさんの愛情を注がれました。
でも、私は思うんです。
男性が与える愛情と、女性が与える愛情。
男性が求める愛情と、女性が求める愛情は、同じ愛情でも、それぞれ少し違うものだと」
「違うもの何ですか……?」
不思議そうな顔をしたアリーシャに「ええ」とセシリアは肯定する。
「私たち女性が与える愛情というのは、ただ一人の好きな男性の元に寄り添って、側で支える愛情であって……。
何もしなくてもいい、ただ私たちの側にいるだけで、安心出来るというような愛情です。
それと同じような愛情を、私たち女性は相手に求めてしまいます」
セシリアは菫色の瞳をじっと見つめ返す。
「けれども、男性はちょっと違う気がします。
男性が与える愛情というのは、自分を頼って欲しい、自分が頼りになると。
自分を中心とするような愛情です。
男性が求める愛情というのも、自分だけを頼って欲しいと訴えるような、自分だけを見て欲しいというような、そんな愛情の気がします。
自分だけを見て、頼ってくれるなら、距離感は関係ない、というような愛情です」