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episode_0150

「使っていないガーデンテーブルが物置にあったな。それを外に出そう。

 うちにはガゼボはないが、ガーデンテーブルにパラソルでもあれば……まあ、テラス席ぐらいにはなるだろう」

「それって……」

「俺もやってみたくなった。君が話す、月夜のガゼボで紅茶を片手にする読書を」


 綺麗な月に美味しい紅茶もあれば、いつもより読書が捗るかもしれない。

 アリーシャが話す「幻想的な空間」になるかはわからないが、それに近いものを見れるかもしれないと、そう思ったのだった。


「せっかくやるなら、贅沢に菓子も用意しよう。紅茶に合うような甘いものを……いや、待てよ。それなら俺は、紅茶よりコーヒーの方がいいな。甘い菓子を食べた後は、苦味のあるコーヒーに限るからな」


 オルキデアはちらっと手元の小さな紙袋を見る。

 先程、マルテたちに配った菓子と同じものをオルキデアは持っている。

 せっかくならと、アリーシャが食べる分も購入したのだった。


 最初、本人は「いいです」と固辞したが、明らかに視線は売り場の菓子に釘付けだった。

 そこで、箱入りだけではなく、中身の菓子のバラ売りも行っていると、売り場の店員から聞いたオルキデアは、アリーシャの分も購入したのだった。


 さすがのアリーシャも受け取らざるを得ないと考えたようで、「ありがとうございます」と恥ずかしそうに、けれどもどこか嬉しそうに受け取っていた。


(もし、アリーシャが気に入ったのなら、この菓子も候補に入れるとするか)


「そうですね。お菓子もあったら、贅沢な月夜のティーパーティーになりますね。

 でも、夜半に甘いものは良くないと言われているので、せっかくお菓子があるなら、昼間にもやってみたいです。……いつかは」

「今なら出来るだろう」

「それって……」

「菓子と茶葉なら最高級の良いものを用意する。庭も綺麗に整えて、ガゼボに近いものを作る。……月の綺麗な夜間だけじゃない。天気が良い暖かい昼間にもやろう」

「いいんですか? やっても……」

「勿論だ。その代わりに、俺も同席させてくれるか?」


 薄闇の中でも、菫色の瞳が、花が咲くようにぱあっと輝いたのがわかった。


「はい! その時は一緒にやりましょう!」


 一つに結んだ藤色の髪が大きく揺れる。


「メイソンさんが手入れしたお庭で出来るって、素敵ですよね」

「そうだな。メイソン氏もきっと喜ぶぞ」


 嬉しそうに話すアリーシャを眺めながら、オルキデアは考える。


 せめて一緒に暮らしている間は、アリーシャに様々な楽しい思い出を作って欲しい。

 たくさん新しい経験をして、新しい場所に出掛けて、楽しい思い出を作って。

 これまで我慢し続けた分、ここでは楽しい時を過ごして欲しい。

 そう、願わずにはいられなかった。


「アリーシャ」


 呼びかけると、興奮気味に話していたアリーシャは「はい?」と返す。


「今日は楽しかったか?」

「はい! とっても!」


 屈託ない笑みを浮かべる仮初めの妻に、オルキデアは満足気に頷いたのだった。



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