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episode_0155

「誰だ?」


 クシャースラやメイソンたちは、屋敷の呼び鈴を鳴らさない。

 メイソンは屋敷の鍵を持っているから、勝手に鍵を開けて入ってくる。

 クシャースラは玄関をドンドンと叩きながら、名前を名乗るので呼び鈴よりも、扉を叩く音が聞こえてくるはずだった。

 そのどちらでもないなら、来客ということなのだろう。


(もしかして、もう来たのか?)


 待ちに待ったティシュトリアが、息子の為に新しい縁談相手を持ってやって来たのだろうか。

 それなら、アリーシャを連れて迎えなければならない。

 しかし、ティシュトリア以外なら、オルキデア一人でも対応できるだろう。

 押し売りくらいならともかく、ティシュトリアや、ティシュトリアが差し向けてきた危ない輩が相手なら、尚更、アリーシャを会わせるわけにはいかない。


(最初に様子を見に行くべきか)


 オルキデアは椅子から立ち上がると、部屋を出る。

 廊下に出ると、同じようにアリーシャが不安顔をして自室から廊下に出たところだった。


「来客ですか?」


 オルキデアの姿に気づいたアリーシャが、駆け寄りながら尋ねてきたので、オルキデアは大きく頷く。


「おそらくは。君は部屋で待っていろ。相手が母上だとしたら、何かと用意が必要だろう」

「でも……」

「こっちは一人でも大丈夫だ。君は君の用意に専念するんだ」


 アリーシャを部屋に返すと、オルキデアは階下に向かう。

 部屋着のシャツ姿だが、相手がティシュトリアなら飲み物を淹れにいきながら、上着を着てくればいい。

 そう考えながら、階段に向かった。

 階段を降りている間も、呼び鈴は変わらず鳴り続けていた。


(来客か……。アリーシャと暮らし始めてからは、最初の来客だな)


 思えば、オルキデアたちがこの屋敷に住み始めてから屋敷を訪れたのは、クシャースラやセシリア、メイソンやマルテだけであった。

 そう考えれば、ティシュトリアと言えども、この屋敷の最初の来客になるだろう。最初がティシュトリアというのが、あまり良い気はしないが。

 階段を降りると、玄関周りで武器になりそうなものを確認しつつ、玄関扉に手を掛ける。

 覚悟を決めると、オルキデアは扉を開け放つ。


「誰だ」

「うわぁ!」


 勢いよく開け放った扉の先には、「危ないじゃないか……」と小言を漏らすスーツ姿の中年の男がそこにいた。


「プロキオン中将、どうしてここに……」

「どうしたも何も……部下が結婚したと聞いて、祝いを持ってきたんだ」

「一体、誰から……」


 プロキオンの後ろを見ると、申し訳なさそうな顔で立っているスーツ姿のアルフェラッツの姿があった。

 どうやら、プロキオンの運転手兼付き添いで来たらしい。


「俺の部下から聞いたんですね」

「最近、何やらコソコソしていて、急に長期の休暇を取るから気になって聞いてみたんだ。結婚したから、しばらく奥さんとの時間を過ごすんだって?」


 そのプロキオンから聞かれたであろうアルフェラッツが、「すみません」と口の動きだけで謝ってくる。

 オルキデアはアルフェラッツに話を合わせて、肩を竦めたのだった。


「まぁ、そうですね」

「どんな奥さんなんだ。会ってもいいか?」

「あいにく、妻は部屋で休んでおりまして。俺でよければ妻について話しますが」

「休む……? 体調不良か?」

「ええ。まあ」


 プロキオンとアリーシャは面識がない。

 アリーシャが執務室に居た頃、プロキオンがオルキデアの執務室を訪ねてきたことが一度もなければ、アリーシャを連れてプロキオンの執務室に行ったこともない。

 だがプロキオンも、オルキデアと同様に将官以上に配布されるシュタルクヘルトの新聞を読んでいるなら、アリーシャと顔を合わせた時に、アリーシャの正体がアリサ・リリーベル・シュタルクヘルトだと気づいてしまう可能性がある。


 そうなってしまえば、この計画は意味をなくす。

 プロキオンがアリーシャの存在を国や軍の上層部に報告してしまえば、ティシュトリアを追い払うどころか、オルキデアはアリーシャと引き離される。アリーシャは軍や国に利用されーー本人の望まむ扱いを受け、シュタルクヘルトに返されることになる。

 アリーシャのことが知られてしまったなら、罰を受けるのは、オルキデアだけには留まらない。協力してくれたクシャースラやセシリア、オルキデアの部下たちにも迷惑がかかるだろう。それは何としても避けねばならない。

 それもあって軍関係者には、出来る限り、アリーシャの存在を知られたくなかった。


 オルキデアは遠回しに帰ってくれる様にプロキオンに伝えたが、「それは大変だ」と、逆に心配されてしまったのだった。



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