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episode_0171

「そう……。ねぇ、アリーシャさん。折り入って相談があるの」

「なんでしょうか?」

「うちの息子より、もっといい男を紹介してあげる。だから、うちの息子とは別れなさい」


 ティシュトリアのこの言葉には、オルキデア自身も驚きを隠せなかった。


「母上、どういうことですか?」

「さっきから言ってるでしょう。貴方にアリーシャさんは相応しくないもの。

 貴方が諦めないなら、彼女から別れてもらうしかないでしょう」


 ティシュトリアは「ねぇ、アリーシャさん」と、アリーシャを見つめる。


「私はね。男性の知り合いが沢山いるの。

 オーキッドより身分や階級が高くて、見目麗しい人。貴女が望む人も、きっと紹介出来ると思うわ」


 ティシュトリアの甘言にアリーシャはどう返すのか、オルキデアは気が気じゃ無かった。


「どう、悪い話では無いと思うんだけど……」

「お断りします」


 即答したアリーシャの言葉に、ティシュトリアだけではなく、オルキデアも驚きを隠しきれず、傍らを振り向く。


「どうして、アリーシャさん?」

「私もオルキデア様を愛しているからです」


 胸元を握り締めながら、アリーシャはじっとティシュトリアを見つめ返しながら続ける。


「オルキデア様は、ひとりぼっちで、何も取り柄がない私に優しくしてくれました。

 それだけではありません。私が困っている時はいつも助けてくれました。

 悲しい時や苦しい時は、慰めてくれました。

 寂しい時や泣いてしまった時は、傍に寄り添ってくれました」

「アリーシャ……」


 アリーシャの口から自分について聞くのは、これが始めてだった。

 出会ってから、アリーシャは様々な困難に見舞われた。

 オルキデア自身の事情にも、巻き込んでしまった。

 きっと、迷惑しているだろうと思っていたが。


「こんな私が甘えても許してくれました。迷惑かけても怒りませんでした。

 私には何も無いのに。良いところなんて、何も無いのに……」

「アリーシャ」


 声がくぐもってきたアリーシャを引き寄せると抱きしめる。


「オルキデア様……」

「俺も助かっている。ありがとう」


 これも全て演技かもしれない。

 それでも、この言葉だけは伝え無ければならないと、そう思った。


「と、言うことです。母上。俺も、アリーシャも、別れる気はありません」


 唇を噛み締めて、怒りに染まったティシュトリアは、二人を睨み付けていた。


「どうして、私の思い通りにならないのよ……!」

「俺たちは貴女の道具では無いからです。

 子供は親の道具じゃない。自分の意思を持ち、自分の意思に従って物事を決める」


 子供は親の道具ではない。

 人である以上、オルキデアだけではなくアリーシャも意思を持っている。


 貴族社会では、家の為と言って、親に従って好きでもない者と結婚することは珍しくない。

 実際にティシュトリアは実家に言われて、ラナンキュラス家に嫁いできた。

 けれども、本来は身分に関係なく相思相愛になった者と結婚するべきなのだ。

 クシャースラとセシリア、メイソンとマルテのように。


「この女、うちの息子を誑かして」


 アリーシャがわからないと思って、ハルモニア語で話したのだろうが、それを聞き咎めたアリーシャは「誑かしていません!」とハルモニア語で返したのだった。


「私はオルキデア様が好きだから、結婚したんです。

 オルキデア様が自分の意思で結婚を決めたように、私も自分の意思で結婚を決めました」


 アリーシャを抱きしめながら、「それよりいいんですか?」とオルキデアは話し出す。


「母上が、現在、付き合っている元敵国の高級士官である男。最近、悪い噂が流れていますよ」

「悪い噂?」

「敵国の間諜ーースパイの容疑がかけられています。敵国に我が国の情報を流出していると」


 この「悪い噂」こそが、アルフェラッツからもたらされた「とある噂話」であった。



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