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episode_0203

 あくる日、オルキデアはメイソンから車を借りると、アリーシャを乗せて、下町の片隅を走っていた。


「これからどこに行くんですか?」


 助手席から話しかけてきたアリーシャは、薄手の茶色のコートを手に持ち、焦げ茶色のワンピース姿であった。

 足元も黒のタイツに革のミニブーツと、全てオルキデアの希望で、派手ではない服装をしてもらった。


「結婚を報告しに行く。ただ、その前に準備が必要でな」


 車の振動に合わせて、ハーフアップにしたアリーシャの藤色の髪が揺れる。

 化粧は薄く施されており、本人によると、「オルキデア様に相応しい人になりたいので!」と、これまでほとんどしたことが無かった化粧を勉強しているそうだ。

 自分は全く気にしていないどころか、化粧が必要ないくらいアリーシャは綺麗だと思っているのだが、そんな彼女の真面目な部分にも、いつの間にか惹かれていたのだろう。

 食後に真剣な顔で化粧に関する本を読んでいるアリーシャを見ていると、いつも微笑ましい気持ちになったのだった。


「準備ですか?」

「花を買おうと思ってな。花屋なら道中、馴染みの良い店を知っている」


 そうしている間に、車は一軒の店の駐車場に入って行った。

 慣れた手つきで駐車をすると、「一緒に行くか?」と傍らに声を掛ける。


「一緒に行っていいんですか?」

「当たり前だろう」


 当然のようにアリーシャを促して、車を降りる。

 二人揃って店に入ると、色とりどりの花と甘い香りが出迎えてくれた。

 そして、馴染みの輝くような黄金色も二人を出迎えてくれたのだった。


「いらっしゃいませ。オーキッド様、アリーシャさん」


 頭の上で稲穂の様な黄金色の髪を一つに結び、若葉を思わせる黄緑のエプロンを身につけたセシリアが、二人を出迎えてくれたのだった。


「祭りの準備で忙しいところすまない」

「いいえ。大事なお得意様ですもの」


 発注書らしき用紙をレジカウンターに広げていたので気遣って言ったが、セシリアはいつもの笑みを浮かべて首を振った。


「それと月命日なので、きっと来店されると思っていました」

「なんだ。バレていたのか」


 二人の話し声につられたのか、店の奥から店主の女性が出て来る。


「あら、セシリアちゃんの旦那さんのお友達じゃない」


 オルキデアは店主に向かってそっと会釈をする。


「いつもの頼めるだろうか」

「はいはい」


 一瞬、店主の女性はアリーシャに視線を移すと、意味ありげに笑ったのだった。

 店主の女性がオルキデアの希望に沿って、花束を作っている間、物珍しそうに店内の花を見て回っていたアリーシャに、セシリアがそっと近く。

 それに気づいたオルキデアも、女子二人の会話に聞き耳を立てたのだった。


「仲直り出来たようですね」


 囁くように話すセシリアに、アリーシャも囁き返す。


「その節はありがとうございました。プリンも美味しかったです」

「どう仲直りしたのか、今度、詳しく教えて下さい。お祭りまでは忙しいですが、それさえ終われば、数日間のお休みを頂けるので」

「ありがとうございます。でも、お疲れではないですか?」

「これくらい、結婚前に比べたら平気です」


 グッと肘を曲げて、力こぶをつくるセシリアに、アリーシャは笑ったのだった。


「あの……。もしかして、度々、屋敷の玄関に飾られていた花って」

「はい、私が買って飾っていました」

「やっぱり、そうだったんですね! 綺麗な花だなって思いながら、いつも見ていたんです!」


 屋敷に来た日、屋敷の玄関にはオレンジのカーネーションが花瓶に飾られていた。

 それ以降も、度々、季節の花が飾られていたが、セシリアが様子を見に来なくなってからは、何も飾っていなかった。


 そんな空いてしまった花瓶に、今度はアリーシャが、先日、オルキデアが渡したオレンジのカーネーションを玄関に飾り出した。

 けれども、どう世話をしたらいいのかわからなかったのか、覚束ない手つきーー本人曰く、昔読んだ園芸に関する本の記憶を頼りにやっているらしいが。で手入れをしているようだった。

 花束なんて、受け取った後は適当に処分すれば良いと思っていたので、大切にしてくれるアリーシャに、どこか嬉しさと恥ずかしさが混ざった感情になる。

 こんなことなら、以前、結婚祝いにラカイユがくれたプリザーブドフラワーの様に、手入れの必要がなく、ずっと形として残せるものにするべきだったと後悔する。



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