「後悔していたんだ。こんなに早く別れが来るなら、もっと話しておけば良かったと」
父の墓石の前に膝を付くと、アリーシャもその隣に膝を付く。
「屋敷に帰った日、父上と話せば良かった。顔を見せに来いと言われた時、無理してでも帰れば良かった。
もっと、父上と話しておくべきだった。こんなに後悔するなら」
綺麗に磨かれた墓石に触れると、ひんやりとしていた。
「それに、父上が過労死する原因となったのは母上の男遊びと散財だ。母上は俺が生まれる前から男遊びをしていたが、俺が生まれてからはもっと激しくなった。屋敷や家財を差押えられるまでに。
父上や当時の使用人たちは、子供が産まれれば、母上も大人しくなると考えていたらしいが、そうではなかった」
胸の中が重く苦しくなる。また息を吐き出すと、墓石に刻まれた父の名前をなぞりながら呟く。
「生まれたのが俺じゃなければ、母上は家に居てくれた。父上も身体を壊すほど、働かなくで済んだ。俺が殺したも同然なんだ……俺が生まれなければ良かった」
「それは、違います!」
風が吹いて、頭上の木の葉が揺れた。
二人の上に落ち葉が振る中、アリーシャの声が辺りに響き渡った。
「アリーシャ……」
「それは違います。自分が生まれたのが悪いとか、そんなことを言わないで下さい!
貴方じゃなければ、私はこんなにも幸せにはなれなかった!
ずっと、あの家と母の死に心が囚われたままで……。生きたいって思えないままでした……」
傍らのアリーシャは泣きたいのを堪えているのか、掌を握りしめたままだった。
ここまで、自分の意見をはっきり話す姿を見たことはなかった。
「貴方と出会って、貴方を好きになって、私は変わりました。子供のまま止まっていた私を動かしたのはオルキデア様です……。
優しくて、強くて、かっこよくて、頼りになって、なんでも知っていて。
そんな貴方だったから、私は変わろうと思いました。大人になりたいと思えたんです」
アリーシャは「それに」と振り向く。
「生まれたのがオルキデア様じゃなくても、お母様は変わらなかったかもしれません。
もしかしたら、お父様もオルキデア様を捨てて、家を出て行っていたかもしれません」
「そうなのか?」
「娼婦街にはいましたよ。
父親が他の娼婦と関係を持って、家を出て行って、母親にも捨てられたっていう子供。
それに比べたら、オルキデア様のお父様は最後まで貴方を気にかけて、守っていました。
貴方が居たから、お父様は最後まで頑張れたんです」
墓石に触れたままの手に、アリーシャが自らの手を重ねる。
「今だって、月命日にはお墓参りに来ているんですよね? お父様はそれだけで満足されています。こうして、毎月、顔を見せに、お墓まで足を運んでくれて。
自慢の息子を持ったと、誇らしい気持ちになっていると思います」
アリーシャの言葉に、オルキデアは濃い紫色の目を見開く。
「そう考えたことは、無かったな……」
「もう自分を責めないで下さい。お父様が亡くなってから、ずっと自分を責めてきたんですよね。
これからは、自分自身を許して下さい……。一緒に、幸せになりましょう?」
「幸せになっていいのか……?」
「なっていいんです。それをお父様も、クシャースラ様も、セシリアさんも、メイソンさんも、マルテさんも、貴方を想う誰もが、それを望んでいるのだから」
そうして、墓石の上で重ねていた手を、アリーシャが握ってきた。
白くて、柔らかい、ほっそりした手であった。