「殴り合いの喧嘩」という単語に、アリーシャが「えっ!?」と小さく声を上げる。
「殴り合いの喧嘩もされたんですか!? 怪我は? 大丈夫だったんですか?」
「昔の話だ。もうすっかり治ったさ」
士官学校での殴り合いの喧嘩。
それが無ければ、クシャースラと親友にならなかった。
クシャースラと親友になって、彼がオルキデアの妹的存在であるセシリア・コーンウォールと出会って、二人が結婚しなければ、アリーシャを軍部から連れ出せなかった。
アリーシャと相思相愛になるには、ほど遠かっただろう。
その結果だけを見れば、あの理不尽な難癖をつけられて、「自称・平民代表」とやらに殴られたのも悪い気はしなかった。
「無茶はしないで下さいね……」
「これからは気をつけるさ。ただ、お前に心配されながら、怪我の手当てをしてもらえるなら、たまに怪我を負うのも悪くないな」
「そんなことを言って……。死んだら元も子も無いんですよ」
「死なない程度に怪我を負うさ。それより、この扉の先だ」
話しながら階段を登っていたからか、アリーシャは階段を登りきると肩で息をしていた。
目線を向けると、「大丈夫です……」と息を整えながら返される。
屋上に通じる扉を開けると、秋風に乗って通りの歓声と食べ物の匂いが、二人の元に届いたのだった。
周囲を転落防止の柵で囲っている以外、何も置かれていない、灰色のコンクリートの床が広がった殺風景な屋上であった。
昔と変わらない様子に安堵しつつも、地上よりもひんやりとした風が吹いており、アリーシャには寒いのではないかと不安になる。
「わあ……!」
けれども、そんなオルキデアの心配もつゆ知らず、アリーシャが感嘆の声を上げる。
柵に近づいて行くアリーシャに、「落ちないように気をつけろ」と後ろからついて行きながら、声を掛けたのだった。
柵に掴まって、身を乗り出しそうな程、前屈みになって通りを眺めているアリーシャの隣に並ぶと、同じように通りを見下ろす。
「凄いです! これならパレードだけじゃなくて、通り全体も見渡せますね!」
地上には見渡す限りの人、布張りの屋台や出店が並び、彩り豊かな花々がスタンドに立てられて等間隔に飾られていた。
セシリアを始めとする平民街の花屋が総力を結集して集めたという花々は、どれも瑞々しく可憐な花を咲かせていたのだった。
「案外、ここが一番、特等席かもしれん」
防犯としてはどうなのかと考えてしまうのは、軍人だからだろうか。
建物の屋上から王族を狙われたらどうするのだろうか。
この建物も外側出入り口は封鎖されていたが、建物の内側からは屋上への侵入が可能だった。
他の建物も同じかもしれない。そう考えると、パレードの警備方法を見直したくなる。
「通りから見ようとすると、前の人の頭でパレードが見えないですよね」
「パレード見たさに、この通りに住居を構える者もいるくらいだ。……さして、面白くもないと思うんだがな」
「でも、思い出作りって意味で見たいじゃないですか」
「思い出作りか」
「家族で見たり、友達と見たり、好きな人と見たりして、思い出を作って、可能なら共有したいじゃないですか」