セシリアたちは二人暮らしなのに、四個も必要なのかとオルキデアに尋ねたところ、「待っている間、セシリアと二人で食べるだろう」と返された。
そこで、オウェングス夫婦の分に加えて、更にアリーシャの分と、予備分としてもう一個持ってきたのだった。
「今日だって、ここで私も食べるだろうとアップルパイを多く購入してくれました」
「オーキッド様にはお見通しだったんですね。私たちのことが」
チーンとオーブンが鳴ると、セシリアはアップルパイを取り出して皿に並べてくれる。
アリーシャが淹れた紅茶と一緒に、リビングのテーブルに持って行くと、セシリアに椅子を勧められたのだった。
「冷めない内に食べましょう。温かい内に食べるのが、一番美味しいんです」
「ありがとうございます。あの、セシリアさん……」
「はい」
アリーシャは顔を上げると、セシリアを真っ直ぐに見つめた。
「私に料理や裁縫を教えて下さい。もっと……もっと、オルキデア様の役に立ちたいんです!」
決意したように、力強く言い放ったからか、セシリアの澄んだ泉の様な青い瞳が大きく見開いた。
「いつもオルキデア様に甘えてばかりなので、せめて家事だけでも出来るようになって、少しでもお役に立ちたいんです。
簡単な料理は作れますが、他の凝った料理は作れませんし、繕い物は出来ても、刺繍や編み物は出来ません……」
アリーシャは胸の前で手を握る。
「オルキデア様は、私が居てくれるだけでいいと言ってくれますが、オルキデア様が恥ずかしい思いをしないように、もっとふさわしい妻になりたい……。
セシリアさん、私に料理や裁縫を教えて下さい!」
「アリーシャさん……」
セシリアはいつもの笑みを浮かべると、「勿論です」と頷いたのだった。
「私も結婚するまでは、凝った料理は殆ど作れず、裁縫も子供の頃にやっただけ。
クシャ様も私が健康な姿で、側に居てくれるだけでいいと言うだけでした。
そういう意味では、アリーシャさんと一緒ですね」
セシリアはアリーシャの手を掴むと、笑みを深める。
「セシリアさんも……」
「でも、側に居て、見ているだけというのは、なかなか酷なものです。特にそれまで働き詰めだった人や、苦労してきた人にとっては」
セシリアにもそういった経験があるのだろう。
困ったように、眉根を寄せたのだった。
「自分を必要としている人の為に役に立ちたいと思うのは当然のことです。私も協力します」
「ありがとうございます!」
顔を輝かせると、「でもね。アリーシャさん」と諭すように話し出す。
「あまり肩肘を張らないで下さい。頑張り過ぎてしまうと、今度はアリーシャさんが倒れてしまいます。アリーシャさんが倒れたら、それこそオーキッド様が困ってしまいます」
「そうですね……」
「最初は何も出来なくて当たり前なんです。だから、ゆっくり覚えていきましょう」
「はい……」
「まずは温かいアップルパイとベルガモット入りのアールグレイティーをお供に、これまでオーキッド様とあったことを教えて下さい。
私もクシャ様も心配していたんですよ」
「そうでした。ご心配をおかけしてすみません」
二人で顔を見合わせて笑うと、テーブルにつく。
この国で出来た初めての友人が用意してくれた紅茶も、温めてくれたアップルパイも、どちらも一人で食べる時より、ずっと美味しいものであった。
セシリアが用意してくれた茶葉がいいからか、アップルパイの素材がいいからか、それとも、友人と談笑しながら食べるから美味しいのかは、わからない。
けれども、それはアリーシャにとって、忘れられない味となったのだった。