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#84 もう一人の極振りプレイヤー

「……筋力値で負けているから力比べは最初から無理。組み合った時点で負け。だったら、『変化へんか』が定石だと思う」

「……だよね」


 後ろからルトちゃんとロンちゃんの話し声が聞こえる。

『変化』とは相撲における戦法の一つだ。立合いでぶつかり合う瞬間に体を左右に躱し、相手の体勢を崩す。禁じ手ではないが試合をつまらなくするとして批判される事の多い行為だ。

 確かに私が勝つにはそれしかないと思うのが普通だろう。普通ならば。


『――はっきょい!』


 行司が試合開始の掛け声を発する。瞬間、私達は同時に土俵を蹴った。ゾヘドさんもルトちゃん達と同じ意見だったのだろう。体勢は両手を大きく広げていた。私の左右への逃げ場を奪おうという魂胆だ。

 ――だけど、ゾヘドさんがそう来る事こそ私の狙い通りだった。


「なっ……!」


 ゾヘドさんが目を丸くする。当然だろう、私は左右に動く事なく、彼女に真っ直ぐ突っ込んでいったのだから。

 皆が私に『変化』しかないと考える事は読めていた。、逆の行動を選んだ。相手の思惑から外れるこそが最も相手に打撃を与えられると確信して。現にゾヘドさんは私の意外な行動に思わず硬直し、両手を閉ざす事が出来ない。


 隙だらけなゾヘドさんの胸に掌底を叩き込む。相撲の技の一つ、突っ張りだ。【二乗の理】によって敏捷値がそのまま筋力値に変換される。20レベル――敏捷値255に筋力値5で合計260の一撃だ。ゾヘドさんの身体が後退し、土俵にわだちを作る。


「もういっちょ!」

「っ――させるか!」


 二撃目を繰り出そうとした所でゾヘドさんが硬直から復帰した。手を鋏のように交差して私を追う。慌てて土俵を蹴り、間合いを取る。空振りした両腕が空気との擦過音を立てた。

 危なかった。だけど躱した……そう安心した時だった。私のHPを見て驚愕した。


「へ、減っている……! 三分の一も!?」


 まさか当たっていたのか。今の空振りしたと思った両腕は実は空振りではなく、僅かに掠っていたのか。いや、それも驚きだけど、それ以上に、


「指先が掠っただけで三分の一も削られたの……!?」


 20レベルになり、それなりにHPも増えた。生命値にパラメーターポイントを振っていないから最低値の上昇しかしていないけど、それでも着実に増やしてきた。そのHPが今ので三分の一もなくなっている。

 指先だけで。まともに喰らっていたら即死どころかオーバーキルにされていた。多分、指二本でも当たれば、それだけで私は死ぬだろう。


 これが筋力値極振り。当たりさえすれば一撃で相手の命をもぎ取る超攻撃特化型のスタイル。


「はは……エッッッとか言っている場合じゃないね、これ」


 戦慄に頭が急激に冷えていく。

 この人マジでつよい……!

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