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第69話 圧倒的実力

「て、テメェは……!」


 ゴリアテはあからさまに狼狽していた。まぁ、それもそうだろう。

 目の前にいるのは、Sランクの怪物。

 本来ならば俺たちみたいなCランク探索者がお目にかかることができない相手なのだ。いくらゴリアテが強いとはいえ、どんな奇跡が起きたとしてもタロウには勝てない。

 それほどに、俺たちとタロウの間には超えられない実力の壁が存在していた。


「試験運営の長。田中太郎です。以後お見知りおきを」

「ったく、テメェは運営本部でぬくぬくしてたんじゃねぇのかよ」

「そうですが、不測の事態との報告をレナさんから受けたので直行したまでです。数階程度の階層であれば所要時間は数分も必要ありませんから」

「……」


 さらりととんでもないことを話すタロウ。

 俺たちがあれほど苦労した(もちろん、溶岩龍の邪魔こそあれど)道のりを、数分以下で十分と言ってのけること自体が俺たちとは別格であることの証拠だった。そしてそれを当たり前の事実を語るようなトーンで話していることも……何とも信じがたい光景だった。


「Sランクのバケモンがよ……」


 これには流石のゴリアテも呆れた様子で愚痴とも取れる言葉を零すことしか出来ていない様子だった。「だが……運は俺を見放してはなかったみたいだぜ?」地面が揺れた。ぼこ、ぼこ、と地面から溶岩が露出。

 ……これは、まさか!


「アサヒさん、上へ」


 タロウの言葉に従って俺は飛び上がった。

 ――瞬間。

 地面を割って出現するのは溶岩龍だ。水遁の術で冷やした身体は、すっかり元通りの溶岩の鎧に。ぐるり、ぐるりと身体をうねらせた龍はけたたましい咆哮と共に天井を食い荒らす。


「ま、ここの主と仲良くしとけや」


 そう言って逃げるゴリアテ。「逃がす訳には……ということも、できませんね」まるでゴリアテを守るように溶岩龍がタロウの行方を阻んだ。


「あー、やっと解放された! ってまたコイツ!?」


 溶岩龍の登場によって、瓦礫が緩んだのかチヒロが飛び出して早速の悪態をついた。「本当だ、まだ懲りてなかったんだ」続いてソウジが。「タロウさんまでいますね……」最後にユウリが駆けつけた。


「皆様におかれましては、お疲れのことでしょう。ここは任せてください」


 眼鏡を整えて、タロウはそんな言葉と共に一歩前に踏み出した。

 そうして溶岩龍と相対するタロウは――なんと、徒手。

 一人で戦うという宣言でさえ無茶だというのに、彼はまさか素手であの溶岩の鎧をどうこうするつもりというのだろうか? いくらSランクが無茶苦茶だといってもそれはあまりにも無謀じゃないか。


 そう思って、タロウを止めようか迷っていると――タロウは中々動き出さなかった。


「……」

「……」


 沈黙が3秒、5秒、10秒と過ぎたあたりで「あぁ、急いでいて武器を忘れていました」その言葉に俺たちは揃ってずっこけそうになってしまう。

 この人――もしかして、意外と天然なのか?


「どなたか、武器をお借りしても良いでしょうか?」

「何でもいいんですか?」

「はい。一通り扱えるようにしているので」

「じゃあ……僕の刀をどうぞ。Sランクの人が刀でどんな風に戦うのか興味があるので」


 そう言って、ソウジがタロウに刀を投げ渡した。「ありがとうございます」こちらへ向き直り、深々とお辞儀をして受け取るタロウ。「なるほど……これは随分と、良い刀だ。業物ですね」なんて刀の講評会をしているが――そんなの、溶岩龍が待ってくれるわけもない。


「ちょっ、ちょっとアンタ! 後ろ!」


 がばりと口を開けた溶岩龍が地面を抉りながらこちらへと迫る。「そうですね――どんな戦い方をするか、ですか。見ての通り、僕の戦い方は地味で何の面白味もないもので……」伏し目がちな表情で、そう述べてタロウは刀の柄に手を置いて振り返った。


「!」


 隣で見ていたソウジの顔つきが変わった。

 瞬間、タロウは間合いの外だというのに抜刀。一拍遅れて、溶岩龍の纏った溶岩に一筋の亀裂が走った。「この程度の宴会芸しか――できませんから」そのまま一息に間合いを詰めれば。


 ――斬撃。


 溶岩の亀裂に、寸分違わず刀を押し当てて――そのまま溶岩龍を両断。一閃する形となったタロウは、そのまま溶岩龍の背後を取ってさらに返す太刀。


 今度は溶岩ごと龍を縦にも断ち。


 溶岩龍は完全に沈黙。


「やはり、本業には及びませんね。遠く」


 消滅する溶岩龍を尻目に、刀身を鞘へと収めたタロウはうんざりとした様子で呟いた。「ど、どこがよ!?」と、チヒロのツッコミが刺さる。


「アサヒさんは分かりましたか? あの人が今何をしたか」

「うーん、俺も怪しいが――まず、最初の一太刀で斬撃を飛ばして溶岩を退けた。そこを斬って……その次が分からない」

「そうですね。その考察で間違いないです。付け加えるなら――二太刀目は、斬撃を飛ばす芸当の応用です。飛ばす斬撃を纏わせた状態で相手を斬る」

「なるほど……そうすると、先に溶岩を纏わせた斬撃が斬って本体を刀身で斬ることができるのか」


 って、納得したけど――そんなこと、本来可能なのか?「化け物の所業ですよ」俺の表情か何かから、きっと考えを読み取ったのだろうソウジがそう結論づけた。そして、俺もソウジの結論に何の異論もない。


「剣術の極地、少なくともそこに手をかけていないとできない業です」

「お褒めの言葉、ありがとうございます。ですが、僕が器用貧乏なのは事実なので気遣いは無用です。シンプルな太刀の技量であれば――同じSランクの“唯一人”には遠く及びませんし、殲滅力では“†”に、探索者としての能力であれば“アトモスの開拓卿”にも……」


 ソウジに刀を返しながら、タロウは相変わらずのダウナーな雰囲気で語り続ける。「僕は数合わせでSランクに選ばれたような探索者なので。本当のSランクには遠く及びませんよ」

 ……タロウの認識が明らかに現実と合っていないことは確かだが、このタロウにそう言わしめる“本来の”Sランクとは一体どんなものなのか……想像もしたくなかった。


「さて、これでひとまずは落ち着きましたね。このまま、次のギルド支部まで案内しましょう。これからのことについて……話をしておきたいので」


 溶岩龍の単独討伐。

 そんな偉業を成し遂げた後とは思えない温度感で、タロウは今後の方針を話す。俺たちも、その方針には異存はない。俺たちはタロウと一緒に次のギルド支部を目指して凄まじい速度で階層を踏破していく。



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