フレスヴェルグの構えた銃から赤い光線のようなものが放出され、サソリ達を襲う。
「なんだありゃ、レーザー銃か?」
「バカ言ってんじゃないよ、レーザーがあんなに遅いわけないだろ」
「なんなのこれ?」
フレスヴェルグに乗るリベルタは、自分が引き金を引いて発射した謎の光に困惑した声を上げる。
『あれは熱した酸の一種です。植物を焼き切るために作られた武器ですね。この星の原生植物は非常に硬く熱に弱いので、当時の人間は熱しつつ酸で溶かすという手段を取りました』
「熱くすると溶けやすくなるの?」
『多少は変わりますが、熱したからといって顕著に溶けやすくなったりはしません。あくまで植物が熱に弱いから温度を高くしているだけです』
そんな会話をしているリベルタとフレスヴェルグだが、戦闘中である。
「なあ、あのアルマ動作が素人っぽくないか?」
「そうだね、動きにキレがないし銃の構え方も雑。たぶん操縦者は素人、だけどその動きを完璧に再現しているアルマはとんでもない高性能だ」
フレスヴェルグの操縦は通常の人型アルマとは違い、操縦者であるリベルタの動きをそのままトレースする。逆にフレスヴェルグが自分で動く時はそれにあわせてリベルタの身体が動かされるので、彼女の負担を考えてあまり激しい動きができないでいる。それを見抜いたヨーゼルとジークリッドは、戦い方を変えることにした。
「くらえっ、サソリパーンチ!」
「それいちいち言わないといけないの?」
青蠍が多脚で砂の地面を蹴り、飛び上がる。二つのハサミを閉じて前に突き出し、フレスヴェルグの胴体に向けて空中を突き進んでいく。同時に朱蠍は両腕のハサミを開き、中に仕込んだ機関銃でフレスヴェルグの両脚を撃つ。
「サソリが跳んだ!?」
突然目の前の青蠍がジャンプしたのを見て動揺したリベルタは、咄嗟に防御態勢を取ることができず、棒立ちのまま敵の攻撃を受けてしまう。
『いけない!』
フレスヴェルグはすぐに動作の権限を奪い、防御姿勢を取ろうとするが反応が間に合わない。機体は高硬度の複合素材で作られているが、青蠍の激突による衝撃は強く、フレスヴェルグの機体は数十メートルも吹き飛ばされて地面に倒れてしまった。中にいるリベルタも強い衝撃を受け、一瞬意識が混濁する。
「チッ、
フレスヴェルグに激突した地点で着地したヨーゼルは、相手の機体に目立った損傷がないことを確認して悪態をつく。だがリベルタとフレスヴェルグは大きなダメージを負い、立ち上がるので精一杯だ。こんなに恐ろしい盗賊を相手に殺したくないなんて傲慢なことを考えていた自分が恥ずかしくなるリベルタだが、これで敵を殺す気になるわけでもない。フレスヴェルグの出した武器でも破壊できそうにないし、なんとかして警備隊が追い払ってくれないかと願うばかりだ。
『リベルタさん!』
ロキとジャンも吹き飛ばされたフレスヴェルグに意識を向ける。だがその隙を見逃すサソリではない。
「お仲間が気になるかい? 白黒野郎」
「我々も白と黒だぞヴィクトール」
『大威力の攻撃が来ます。回避を』
言われるまでもなく回避動作を取るジャンだが、白蠍の尻尾から発射されたワイヤーがロキの機体を拘束する。見た目が大砲だから、砲弾が発射されると思っていたのだ。それがまさか敵機捕獲用のワイヤーショットだとは。点の攻撃である砲撃は射線を外せば避けられる。だがワイヤーショットは広範囲に広がる線あるいは面の攻撃だ。予想していなかったこともあり、簡単に捕まってしまった。そこに黒蠍の尻尾が向けられる。
『しまった!』
ロキが焦りの言葉を口にした。赤いサソリがハサミから機関銃を出した時点で気付くべきだったという後悔である。このサソリ達は、各機体ごとに装備が違う。これもスコーピオンの戦術なのだろう、初見の敵を先入観で殺す騙し討ちだ。強いという噂に踊らされ、正攻法でくると勝手に思い込んでしまった。太古の高度なAIですら――否、人間と変わらないほどの思考力を持つ高度なAIだからこそ、敵の術中にはまってしまったのだ。
「ロキ、お前の機体はサソリの砲撃に耐えられるか?」
『分かりませんね、試してみたいとも思いませんが』
もがいても対アルマ用のワイヤーは外れない。フレスヴェルグは助けに来れる距離ではないし、あちらも強敵に押されている状況だ。簡単に言えば絶体絶命のピンチである。
『脱出装置を起動します』
「おいおい、つれないこと言うなよ。そんなに諦めのいい奴じゃないだろ」
ロキがジャンを脱出させようとするが、それをジャンが制止した。まだ奇跡的に脱出できるかもしれない。砲弾の直撃を食らっても耐えられるかもしれない。少なくとも、敗北が確定していない状況でロキを置いて自分だけ脱出するつもりはなかった。そこに黒蠍の尻尾から砲弾が発射される。ジャンの目に映る風景が、妙にゆっくりと変化していく。タキサイキア現象――極度の緊張によって脳がこの瞬間を鮮明に記憶しようとする現象――だ。モニター越しに見える敵の砲弾はスローモーションでロキの機体に真っ直ぐ突き進み――
「はぁっ!」
「ブラーーーック!! なんでお前がここにいやがる!?」
ヴィクトールが純粋な驚きの声をスピーカーで響き渡らせた。指向性通信ではない。その周辺にいる全ての者にこの闖入者の正体を知らせるためだ。それは、仲間への警告であり、敵への問いかけであり――そして、国家に向けた侵略事態の報告であった。