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ラトレーグヌ機兵団

「ラトレーグヌの機兵団がやってきたら面倒だ。お前達と遊んでやる時間はない」


 ブラックはビシャモンを操り、縛めを解いたロキを抱えてフレスヴェルグの位置まで移動する。そのあまりの素早さに、サソリ達もロキやフレスヴェルグもまったく反応できないまま事態を見守っていた。


 ビシャモンは黒い甲冑のようなずんぐりとした重厚なフォルムのアルマだ。それが高速機動をすると、人間の脳は事態を理解するために思考の処理を挟まなくてはならない。外見を利用したフェイントのようなものだ。前に一度対戦したヴィクトールさえも、ビシャモンの急激な動きに反応が遅れてしまった。


「大丈夫ですか?」


 そんなブラックは、盗賊達を無視してロキとフレスヴェルグに指向性通信で話しかけた。つまりサソリにもレンコントの警備隊――未だ到着していないが――にも聞こえないように二人と会話するつもりだ。その真意を測りかねるジャンだが、窮地を救ってくれた恩人に対しては礼を尽くさねばならない。よりによってカエリテッラの機兵団長に救われるとは……と内心ほぞを嚙みながら礼の言葉を述べる。


「ありがとう、助かったよ」


「あ、ありがとうございます!」


 続けて感謝の言葉を述べるリベルタは、純粋にこの黒いアルマ乗りのことを助けてくれたいい人だと思っている。ブラックという名前には聞き覚えがある。相手は世界一有名なアルマ乗りだ。だがカエリテッラとラトレーグヌの関係にはあまり関心がなかったし、他国の機兵団長が領土内に侵入していることの意味はよく分かっていない。


「ナメてんじゃねえぞ、こらあ!」


 少し間を置いてヴィクトールが怒りの声を上げる。ブラックは自分達を相手にしていない。それがはっきりと行動で示されたのだ。ヴィクトールの自尊心を刺激するには十分すぎた。黒蠍の尻尾がビシャモンに向けられると、他の三機も同じように尻尾を向ける。サソリ達がビシャモンに集中攻撃をしようというのだ。


『サソリの火力が集中すれば、私達も巻き添えをくらう可能性があります。距離を取りましょう』


 フレスヴェルグがリベルタに避難の提案をする。サソリ達の攻撃目標は完全にこの黒いアルマに集中している。今なら危険の少ない場所に移動することも可能だと判断した。さすがに初心者のリベルタには荷が重すぎる戦いだった。彼女の意思とはいえ、やはり主の身を危険に晒すことは極力避けなくては、と反省するアルマである。リベルタも少々気が引けたが、この戦いについていける気がしないので大人しく従う。


『ジャン、ここに留まりましょう』


 ロキは逆に、この場から動かないことを提案する。その意図はジャンにだけははっきりと伝わってくる、というよりむしろジャンの頭に浮かんだ考えを支持するような提案だった。つまり、この危険な砂海賊と敵国の厄介者を共倒れさせるために黒いアルマの動きをさりげなく誘導しようというのだ。いくら一騎当千の機兵団長と言えども、スコーピオン四機を一度に相手すればただでは済まないだろう。


「……お前達と遊んでやる時間はないと言ったのだがな」


 ブラックの操るビシャモンは双刃棍を手にサソリ達と向き合う。ジャンはロキを操り、右拳を振り上げる形でファイティングポーズを取った。


「死にやがれ!」


 ヴィクトールの咆哮にも似た攻撃の合図と同時に、四本の尻尾から一斉に砲弾が発射される。白蠍の尻尾からもワイヤーショットではなく砲弾が発射されたことにジャンが驚きを感じた、その瞬間。ビシャモンが双刃棍を横薙ぎに振る。敵に近づくこともなく、その場で。


「え?」


 少し離れながら状況を観察していたリベルタが、信じられないものを見た。


 ビシャモンの振るった刃から、光の帯が放たれたのだ。自分が銃で撃ったとは違う、正真正銘の光。それが一瞬にしてサソリ達の発射した砲弾を両断し爆発させ、そのまま四機の尻尾を斬り落とした。光の速さだ、全てが終わった後でやっと、その場にいた全員が今起こったことを認識できた。


「機兵団が来たか」


 あまりのことに言葉を失う一同をよそに、ブラックはレンコントの入口に顔を向けていた。そちらからは約十機の人型アルマがこちらに向かってくる。


「逃げよう!」


 ジャンがリベルタに通信で声をかける。リベルタはジャンの言った言葉の意味が分からず、首を傾げた。


「なんで逃げるの? ラトレーグヌの機兵団なんでしょ、私達の味方じゃない」


 リベルタ達はレンコントの町をスコーピオンから守るために戦っていたのだ。ラトレーグヌの機兵団が到着すれば、彼等がサソリ達を追い払ってくれるだろう。ここは安心する場面ではないのか。だがジャンは血相を変えて再度リベルタに声をかけた。


「あいつらに敵味方の概念はないんだ! 戦場にいるアルマは全て破壊する。ここにいたら俺達もやられるぞ!」


 とんでもない話である。にわかには信じ難いが、リベルタはこの世界のことをよく知らないのだ。旅慣れているジャンがそう言うなら、きっと逃げなければ危ないのだろう。


「こちらへ!」


 その場から逃げ出そうとするロキとフレスヴェルグに先行する形でビシャモンが同じく離脱し、二人に地図データで安全な方向を示す。一緒に逃げるつもりだ。どういうつもりなのかと問いただしたいところだが、今は逃げることが優先だと判断したジャンがリベルタを急かしながらブラックと共に逃走するのだった。


「なんだよ、いきなり逃げ出しやがって」


「そりゃ、ラトレーグヌ機兵団が来たからでしょ。カエリテッラの機兵団長が交戦なんかしたら、世界大戦が始まっちまうよ」


「ラトレーグヌ機兵団か……あいつら大して強くもないのに世界一厄介なんだよな」


「死を恐れぬ狂戦士集団だ。油断するとこっちがやられるぞ」


 スコーピオンは機兵団を迎え撃つ構えだ。そのラトレーグヌ機兵団は真っ直ぐこちらに向かっている。離脱した三機の人型アルマについては気付いていない様子だった。


「へっ、敵をぶっ殺すことしか考えられねえ馬鹿どもか……嫌いじゃないぜ」


 ヴィクトールが口角を上げて笑い、手元のスイッチを押すと先ほど切断された尻尾が根元から切り外され、機体の内部から新しい尻尾が生えてくる。他の三機も同じように新しい尻尾を生やし、機兵団の到着を待つ。もはや当初の目的を忘れている様子のヴィクトールだが、この任務自体、お頭にとっては単なる余興みたいなものだしな、とヘルムが操縦席で肩をすくめるのだった。

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