「具合はどう?」
今日、良平は非番だったらしく面会時間になるとすぐに来てくれて私が小さい頃好きだった絵本を持ってきてくれた。
「あ…これ覚えてる。うさぎさんと熊さんが一緒に冒険する絵本」
「こういうのは覚えているんだな。他に思い出せることはある?」
「お父さんとお母さんのことは思い出したよ、私をおいてハワイに移住したのは…ちょっと悲しかったかな」
「そっか…やっぱり寂しかったのか。お前はいつも平気そうな顔をするから気づいてやれなくてごめんな」
「ううん。平気だよ。それより累さんは?いつもそろそろきてくれる時間だと思うんだけど」
複雑な表情になった良平は静かな感情の乗っていない声で喋り始めた。
(どうしたんだろう?良平はいつでも優しい声で喋ってくれるのに、累さんの時だけ無感情になるんだよね)
少し気になっていたけどあまり深く突っ込んで聞くことができず黙っていると、そんな私のことを察して慌てるように話し始めた。
「累はどんな形でも結菜が思い出してくれることを待っているよ。顔は…後で見せにくるだろうから心配しなくていい」
「そっか…良平のことは覚えてるのに、婚約者の累さんのことが思い出せないのが申し訳なくて…でもあの人が近くにいると安心するの。それに何故か心がぽかぽかする。きっと記憶のあった頃の私は累さんのこと大好きだったんだろうなって思うの」
「そうか…そうだな…」
良平は絞り出すような苦しげな声でそういうとカバンの中からもう一つ何かを取り出した。それはヨレヨレになっているが、綺麗に修繕されたクマのぬいぐるみ。どうも手作りらしく。ところどころ線が歪んでいた。
「これ…ちょっと覚えてる。確か良平が手芸店でキットを買って作ったぬいぐるみだよね?私が欲しがっても絶対くれなくて、家に来た時なら遊んでいいって言われたから毎日良平の家に遊びに行ったっけ」
「ああ。あの頃から俺なりに必死に…いや…なんでもない」
「?。懐かしいな。まだ取ってあったんだね。良平、器用だから初めてなのにパパパーっと作っちゃって。私すごく尊敬したんだよ」
「はは。見せてないだけで何度も失敗してようやく作り上げたんだよ。それもこれも…」
「それもこれも?」
「いや…まあ、俺も色々してみたかったからだよ。早く自立したくて必死に家事とか覚えてたし、繕い物もできるようになりたくて手芸始めたってだけで」
“まあ結局自立できてないんだけどな”と悲しそうに笑うとそのぬいぐるみをそっと私から取り上げた。
「あ!もうちょっとだけ抱っこしてさせて」
「だめだ。これはもうおしまい。こんなの持ってたらきっと累が嫌な気持ちになるぞ」
(良平は優しいな。累さんにまで配慮して…早く元に戻らないと…良平の負担になっちゃう)
毎日のお見舞いに差し入れ、きっととても大変なことなのだろう。今両親が自宅に泊まり込みで洗濯などはしてくれているけど、精神面のケアは良平に任されているような形になっていた。
「また考え事?俺の負担のことなら心配するな。むしろ今こうして結菜のそばにいられるのが嬉しいんだ」
「どうして?毎日自分の時間を削って大変でしょ?」
「結菜のためだからな。全く苦にならない。むしろ…いや…なんでもない」
「ふふ。変な良平。それより累さんまだ来ないのかな?」
いつもそろそろ現れる時間なので私はソワソワして髪の毛の乱れを直す。動くとまだ痛いけど、それでも少しでも綺麗な私をみて欲しかったのだ。
「良平、髪型乱れてない?顔にもよだれとか垂れてないかな?」
「大丈夫…結菜は累と会えるのを楽しみにしてるんだな」
「うん!なんかね、累さんといるとドキドキして…記憶はないんだけど、心が覚えているのかもしれないの。わたし、記憶をなくす前、累さんのことすごく好きだったんじゃないかな?」
私がドキドキしながら良平に尋ねると、良平は苦しそうに微笑んで頷いた。
(やっぱり私累さんのことが好きだったんだ。でも、良平はどうしてこんなに辛そうなの?)
大切な幼馴染を苦しめているのは何なのか、何度か尋ねてみたがいつもはぐらかされて教えてもらえなかった。
「結菜、調子はどう?」
その時累が病室に入ってきた。良平はすぐに私の手を離して後ろに下がると絵本以外のものを全て回収して無言で去って行った。
「あの…累さんに来ていただけて嬉しいです。いつもありがとうございます」
「いいんだよ。俺は自由がきく仕事だから。それよりその絵本は?」
「ああ、これは小さい頃良平の家で佐和子さんによく読み聞かせてもらっていた絵本です。良平は来るたびに幼い頃好きだったものとかを持ってきていろんなことを話して聞かせてくれるんです、そのおかげで、幼少期の記憶は朧げに戻ってきていて、両親のことも思い出せました」
「最近のことは?」
「それがさっぱり。でも累さんにお会いできたら心がぽかぽかしてすごく温かい気持ちになるんです。きっと記憶のある頃は仲の良い恋人だったんでしょうね」
そう言って私は累に微笑んだ。累はそれを聞くと嬉しそうに微笑んだ。
(やっぱりそうなんだ。累が私の王子様。こんな素敵な人が私のこと好きになってくれているなんて嬉しいな。早く思い出したい)
心からそう思った。