「うん。俺と結菜は相思相愛でね。同棲も初めて、ハワイでもプロポーズしてOKもらえてて、そうだ!今日は頼んでいた指輪が届いたから持ってきたよ。指にはめてもいい?」
「わあ!なんだか実感がなくて恥ずかしいですけど、大丈夫です」
私はそっと左手を差し出すと累は迷いなく薬指に指輪をはめた。
その手をじっと見ると、やはりまだつけ始めたからか、指輪が浮いてしまっているようで少し恥ずかしかった。累の手を見ると左手の薬指にはまだ何もはまっていなかった。
「結菜、今度は結菜が俺に指輪をはめてくれる?」
「はい!わあ。なんだかドキドキしますね」
私は慎重に指輪を受け取るとそっと累の左手の薬指にはめた。
「これでお揃い。なんだかまた結菜が近くなったみたいで嬉しいな」
累はニコニコしてくれていて私まで嬉しくなった。今日はもっと一緒にいてくれると思っていたけれど、累はそれで満足した様子で、立ち上がると私に言った。
「今良平君呼んでくるから、ちょっと待っていてね」
「え…今日は何か用事でも?」
「うん…ちょっとね…それに今は結菜の記憶を取り戻す一番のキーは良平君だから、できるだけ一緒にいて少しでも早く記憶を取り戻してほしいんだ。
(残念。今日はもっと私と累さんのことを聞けると思っていたのに。でも忙しいなら仕方ないよね)
累が出て行った後は広い個室がさらに寂しくなってしまった。その寂しさを紛らわすように私は絵本を広げて過去に思いを馳せた。
いつの間にか眠っていたようで、目を開くと良平が隣に座っていて手を握ってくれていた。
「良平?どうしたの?」
「ああ。生きていてくれてよかった。不安なんだ。目を閉じて眠ってそのまま目覚めないんじゃないかって」
じっくり見ると良平は目の下のクマがひどく、顔も少しやつれている。
それを見ると私は心が痛んだ。
(私を心配するあまり夜眠れていないのかも。お兄ちゃんだからこんなに心配してくれるのかな?良平…身体壊しちゃうよ)
「ねえ良平、もしかしてよく眠れてない?」
「あっ…そうだな。お前が刺されてからずっと。あまり睡眠はとっていない」
「ダメだよ、良平こっちにきてこうやって身体預けて」
私は良平を呼び寄せると上体をベッドにうつ伏せにさせて頭を撫でながら子守唄を歌った。それは幼い頃聞かせてもらっていたもので、不思議と頭にこびりついていたのもだった。
「落ち着くよ…結菜の香りと歌声…少し…眠る…」
すぐに静かな寝息が聞こえてきた。よほど眠かったのだろう、もっと早く気づくべきだった。私は寝息を立てる良平の頭を優しく撫でながら考えていた。
(良平はどうして私のことをこんなに案じてくれるのかな。幼馴染ではあるけど、ちょっと…親切すぎないかな?)
するとザザザと砂嵐のようなものがかかったビジョンが見えた。
『来世では…』
『ここでお別れだ』
『二度と会うつもりはない』
「ううっ!頭がいたい…」
私はひどい頭痛で突っ伏したかったが良平が眠っていたのでそれもできず頭を抱えて苦しみもだいた。記憶は濁流のように流れ込んできて、私は良平との思い出を全て思い出した。そこに関わった人のことも大体思い出すことができたが、ところどころ雑音が入っていて完全な記憶の復活とはならなかった。それに累に関しては全く記憶が戻らない。
(フィアンセの記憶が戻らないことなんてあるの?どうしよう、ちょっと怖い。思い出したら何か悪いことが起こりそうで…)
ぼーっとそんなことを考えていると、いつの間にか面会終了時間が迫っていた。
「良平、起きて、もうすぐ面会時間が終わるよ?」
おこすのはかわいそうだと思ったが、決まりは決まりだ。何度かゆすると良平が私の腰に抱きついてきた。
「ん〜このまま朝までこうしていたい」
寝ぼけた良平はそんなことを言うので私は困惑してしまった。良平はもうお別れを済ませた関係だったのに、私の記憶のために顔を出してくれたんだと思うと強く押し返せず困惑してしてたが、良平は私を急に押し倒して深い口付けを始めた。
(やだ!こんなの良平じゃない)
私は力いっぱい良平の頬を叩いた。
するとハッとした様子の良平が泣いている私を押し倒していることに気づいて顔色が変わった。
「結菜…ごめん。俺は結菜のこと愛してるから、止められなかった」
「うん…累以外の人のことは思い出せたの。もちろん良平とのお別れのことも。こんなことがあったし、私達もう会わない方がきっとお互いのためだよ」
しゃくりあげながら私が言うと良平は絶望したような表情になる。
「わかった…今回は結菜が記憶を取り戻すまでの一時的な処置だったけど、今度こそお別れしよう。結菜…愛してる」
(ずるい…そんな顔されたら、許すしかないじゃない)
累以外の人に口付けを許してしまったことに罪悪感を覚えながら私は良平に言った。
「良平、好きになれなくてごめんね。お兄ちゃんとして大好きだよ」
「お兄ちゃんとしてか…。はは…。やっぱりダメだったんだな」
良平は持ってきていた絵本などをカバンにしまうと去って行こうとした。
「良平!ごめんね。本当にごめん。今までありがとう」
「いいよ。俺が好きでやってたことだから」
別れ際の良平はスッキリした爽やかな笑顔だった。反対に私は涙でべしょべしょの顔。もっと綺麗な笑顔で別れたかった。だがもう遅い。良平はさっさと部屋を出て行ってしまった。