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第104話 ちょっと気になるから

「幸せだな」


 カクテルを飲みながらナッツを摘んでいると累がポソっと呟いた。

 私も同じ気持ちだったので累に向かって微笑みかけると、累はカクテルで潤んだ瞳で私を見つめてきた。

 私も見つめ返す。お互い言葉はないけれど甘い空気が心地いい。ずっと続けばいいと思っていたところにカランカランとドアベルがひびき、花と良平が入ってきた。


「あ!結菜お姉ちゃん!!」


 花はものすごい勢いで私に飛びつくとぐりぐりとほおをすりつけてきた。

 私は驚きと共に甘えてくる花が可愛くて頭をそっと撫でた。すると花は猫のように目を細めてうっとりとした表情をした。


「花ちゃん。久しぶり。病院にお見舞いに来てくれてありがとう」


「え?結菜お姉ちゃん、もしかして感情が戻ったの?」


私の仕草や表情でそれをいち早く察知した花はパッと嬉しそうな顔をして再び私に抱きついた。ぐしぐしと涙を流しながら。私は心配をかけていたことが申し訳なくて花の頭を優しく撫でながら花が落ち着くのを待って話し始めた。


「ちょっとしたきっかけがあって、忘れていた感情の全てが戻ったの。だから今はもう普通の状態だよ。でも、花ちゃんどうして良平と?」


 意外な組み合わせで私は驚いたが、良平は私たちのことを見守っていたが、花が落ち着いたのを見ると何も言わずに店から出て行った。

(やっぱり良平は私から距離をとるつもりなのね)

 寂しい気持ちはあるが二人にとってそれが一番なのもわかっている。良平に心の中で詫びてから花に隣の席を勧めた。


「良平とは店の前で会ったんだ。ちょうどふらっと飲みに来てたとこに出会ったみたい。私も今日はたまたま寄ったら結菜お姉ちゃんがいたから驚いたし嬉しかったよ。感情が戻って嬉しい。また前みたいに甘えてもいい?」


「もちろんだよ、花ちゃんは私にとって可愛い妹みたいなものだから」

 そう。最初は怖かったけど、甘えられると嫌な気分じゃない。むしろ嬉しい。一人っ子の私にとって妹は憧れの存在だったから。花が妹になってくれるのは喜ばしいことだった。

 ただ気がかりなのはせっかく二人の甘い時を過ごしていた累が気分を害していないかだったが、累の方を見ると穏やかな表情で私達を眺めていたから安心した。累の心中は分からないが、嫌な感情は抱いていないことがわかったから私は花と話をすることにした。


「花ちゃん大学はどう?」


「ふふ。この前の試験でもトップだったしかなり順調だよ」


 友達のことを言及しないことはきっと孤立しているのだろう。花のエキセントリックな性格についていける子はほとんどいないだろうから私は少し心配になった。もし本当に友達がいないのなら、私がその代わりになれたらと心から思った。

 花は私には心を開いてくれているので、甘えられるならいくらでも甘えて欲しい。そして心の支えになりたい。今はそう思っている。


「ねえねえ、累と今どんな感じなの?婚約解消したって聞いて心配しててさ」


「うん。今は関係を再構築中なの。まだ感情が戻ったばかりでまたいつ消えてしまうか分からないから…」


 そう。またいつか消えてしまうかもしれないという恐怖感の中、私と累は関係を再構築している。いつかまた婚約できたらいいんだけれど、そうなれるか分からなくて不安になってしまった。それを感じ取ったらしい累が私の手をそっと握る。


「花…結菜はまだ戻ったばかりだから色々不安なんだよ。あまり突っ込んだ質問は控えて」


「あ…ごめんなさい。私心配で…」


 花はしゅんとして頭を垂れた。そこにマスターが来て花に話しかける。


「花さん軽めにしておきますか?おつまみは花さんのお好きなチーズが入ったのでそれがおすすめですが」


「マスター!じゃあそれでお願いします」


 蓮は微笑むとカクテルを作りおつまみを用意して花の前に出す。いつ見ても鮮やかな手つきで惚れ惚れとする。

 蓮はそんな私を見てウインクしてくれた。こういうお茶目なところがマスターのいいところだった。私は婚約について聞かれて緊張した心がほぐれてホッと人心地つく。

 累との関係はまだ恋人に戻ったばかりだったから婚約の話をされるのは少し辛かった。一度私のせいで反故にしてしまった負い目があるので今はまだ考えたくなかったのだ。身勝手な自分に嫌気がさすがあまり自虐的になるのはきっと累が望まないだろうから考えないようにカクテルを一気に煽った。


「マスター私少し強めのお願いします」


「わかりました。甘めにしておきますね」


 マスターは私の気持ちをよくわかっている。今日はなんだか酔いたい気分なのだ。花は出てきたカクテルを美味しそうに飲んで私に色々な話を聞かせてくれた。

 今花は良平と友達になろうと画策しているらしい。なぜそんなことをしているのか聞くとなんとなく”彼が気になるから”らしい。それは恋心の始まりなのではないかと思ったが、お節介なことは言わない方がいいと思い口を噤んだ。だが良平は花を全く相手にしていないらしく連絡先も交換してくれないと花はぶーたれている。

良平は基本的に誰にでも優しいが懐に入れる人間をかなり厳選する。花がそのうちの一人になれればいいなと思いながら私はふわふわした心地になっていつの間にか眠ってしまった。


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