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第143話 話し合い

 その日の業務が終わると、先輩が世良を捕まえてくれているうちに急いで会社を後にして、累の待つ家に戻った。

 鍵はもらっているので自分で鍵を開けて中に入ると累が慌てて玄関まで飛び出てきた。


「結菜!ごめんなさい」


 そう言ってガバリと頭を下げて謝ってきた。


「ねえ。累、頭を上げて私を見て、私、すっごく怒っているの。わかる?」


 累は恐る恐る私を見る。その目は小動物が肉食動物に襲われる前の目で、なんかいじめてるみたいな気持ちになって落ち着かなかった。


「とりあえず私シャワー浴びて着替えるから、その後話し合おう」


「わかった。リビングで待ってる」


 そう言って累はトボトボとリビングに入って行った。


 私は寝室に行くとクローゼットからルームウエアと下着を取り出してバスルームへと向かった。今日は少し気温が高かったから体が汗ばんでおり、少しぬるめのシャワーはとても気持ちよかった。


髪を乾かす間も惜しんでリビングに向かうと、累が何も見るでもなく静かな部屋の中でぼーっとソファに座っていた。


「お待たせ。累…」


 私は少し距離を開けて累の隣に座る。そしてまっすぐ累の目を見て言った。


「どうして約束を破ったの?」


 すると緩慢な動作で私を見ると累はつらそうに言った。


「結菜が…心配で…ごめん。勝手にGPSを騙して仕込むなんて…最低だよな」


「最低だってわかっててやったの?」


「嫌われてもいいと思ったんだ。世良に何かされないか心配で…でも、今すごく後悔している。ちゃんと相談すべきだった」


 累はそういうと私にもう一度しっかり向き直った。


「すまない。本当に謝ることしかできない自分が不甲斐ない」


 私は累が本当に後悔している様子なので感情的にならないように深呼吸をした。


「私ね。今回は事情が事情だから許そうと思ってる。だけど、累が私の信頼を裏切ったことには変わりないから。最後まで信じられるかといえば難しい。だけど、それでも私は累と一緒にいたいから。もう次はないからね。わかった?」


 するとパッと累が顔をあげ、驚いた様子で唇を震わせる。


「許して…くれるのか?」


「うん…でもこれが最後だからね。わかった?」


 累は涙が溜まった瞳で私をまっすぐ見て誓った。


「もう2度としない。次はないと思って結菜の気持ちを大切にする。許してくれてありがとう。戻ってきてくれてありがとう。大好きだよ」


 累は私を抱きしめるが、その肩は震えていた。

(私を失うことが怖かったんだ…だったら尚更あんなことしなかったらよかったのに)


 本当に不器用で仕方のない人だ。

 そんな人を好きになってしまった私もバカだけど。好きなのだからしょうがない。


「とりあえずお腹も空いたし今日は出前でも頼もうか」


 私が言うと累は即座に出前が一覧表示されるサイトを開いた。


「今日は俺が奢るから。どれがいい?」


色々なお店があったが、今は本格的なカレーとナンが食べたい気分だったのでそれを注文することにした。累と違う味を頼んでシェアする。そんな当たり前だったことがもう一度できることが幸せだった。


「ねえ結菜。手を握ってもいい?」


 遠慮がちに累がそう尋ねてくるので私から手を握った。


「私、累の手大好きだよ。あったかくて大きくて…すごく落ち着くの。だからもうこの手を離さないで」


私は累の手を握って頬にあてて目を瞑る。

すると累はそっと私を抱き寄せてくれる。


(あったかい。それに累のにおい落ち着く。やっぱり私は累のことが好き。だから離れられない)

 依存しているのが少し怖いけれど、もう累がいない生活は考えられなかった。


「結菜。本当にありがとう。愛してる…」


 累はそう言って優しく私にキスをしてくれた。やわらい唇が心地よくてついもっとと求めてしまう。

 だけど累はそっと顔を離してまた私を抱きしめてくれた。


「今はこれだけ…結菜からの信頼が取り戻せたらまた抱いてもいい?」


 累はすごく誠実に私に接してくれる。それが嬉しかった。

(身体で誤魔化さないところ、すごく安心する。これで私に対する執着がなければ完璧なのになあ)


  心の中でぼやく。それさえなければ累は完璧な人だから。


 しばらく待つと注文していたカレーが届いた。久々に食べる本格的なカレーはすごく美味しくて、自然とえみが溢れる。


「結菜の笑顔がまた見られて嬉しい」


 累は自分もカレーを食べながらニコニコと私を見つめている。


「もう!今は食べるのに集中しよう。美味しいカレーが冷めちゃう」


 ナンにカレーをつけながらちょっとほおを膨らませて文句を言うと累は嬉しそうに笑った。


 そうして全てを食べ終えると二人並んではを磨く。


「今日はもう遅いから寝ようか。手は出さないから一緒に寝てくれる?」


 累が真剣な顔で言うので、私はふっと力が抜けて笑った。


「いいよ。じゃあ今日は一緒に寝よう。明日も早いから…」


 2人手を繋いで寝室に行くとベッドに横になった。


「嬉しいな。こうして眠る前に結菜の顔を見れるのが。それに起きたらまた結菜を見られる。幸せだ」


「累…大袈裟だよ。だって私と累は婚約者だからこうして一緒に寝るの普通なんだから」


「うん…まだ婚約者でいてくれて嬉しい。結菜が心が広くてよかった」


 累はそういうと手を繋いで目を瞑った。


「おやすみなさい累…」


「おやすみ結菜」


 もう累に対する怒りはない。ひたすら安心感があるだけだった。うとうととしていると累の手の温かさで心がほぐされて、心地良い眠りについたのだった。

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