翌朝、起床すると愛花もちょうど目が覚めたところらしく二人で順番に顔を洗って服を着替えた。
「昨日は眠れた?」
愛花は心配そうに聞いてくれたが、私も色々あってずいぶん神経が太くなったようで、ぐっすり眠れたのだ。そのことを愛花に伝えるとケラケラ笑ってさすがだねと褒めてくれた。
「本当に今日だけでいいの?しばらくここにいてもいいんだよ?」
朝食をとりながら栄が心配そうに私を見つめてくるが、せっかく累との関係が前に進んでいる今、こういう話は先延ばしにすべきではないと思ったので私は首を振った。
「いえ。私帰ります。累とはちゃんと話し合って、今後のことも、今回は許すけど次はないってはっきり伝えます」
私がそう言うと栄は優しい微笑みを浮かべて言った。
「さすが愛花の友達だね。すごく強くてかっこいい。応援してるけど、ダメならいつでも戻ってきていいからね」
優しい栄の優しさに触れて愛花と一緒になってくれて本当に良かったと二人の関係に心がぽかぽかした。
「じゃあ結菜、そろそろ会社行こっか」
愛花に言われて時計を見るとそろそろ出ないと間に合わない時間になっていることに気がついた。
「わ!大変。急いで出よう。栄さんありがとうございました」
「いえいえ。二人とも気をつけてね」
栄さんがひらひらと手を振って私と愛花は会社に向かって歩き始める。
「そういえば栄さん出社しないの?」
「ああ。今、栄の会社はリモートワークになっているから出社は週1くらいなんだよね」
「すごい!家で仕事とか素敵だね」
「その代わり、家で仕事してたら集中できるらしくて、ついつい遅くまで仕事しちゃうみたい。いつも10時くらいまでパソコンと睨めっこしてるから」
リモートワークになれば私も累と一緒に過ごす時間が増えるし、変な人に絡まれることもない。そういう職種を選択していたら良かったのになあ。なんて考えながら電車に揺られた。
会社に着くとエントランスで世良が私のことを待ち伏せしていた。
愛花と顔を見合わせてため息を着くとそのまま通り過ぎる。世良は何もなかった頃のように人懐っこく話しかけてきた。
「昨日は愛花さんの家にお泊まりだったんですか?その服、愛花さんのですよね?いつもと雰囲気違いますけど、そいう服もよく似合いますね」
すると愛花は目を釣り上げて怒った。
「キモい。あんた結菜だけじゃなくて私の服装までチェックしていたの?」
すると世良はきょとんとした顔になる。
「いえ。全く興味がないので服装なんて知りません。ただ、お泊まりして服がないから借りたのかなって思っただけですよ。自意識過剰ですよ」
愛花は怒りでギチギチと拳を握りしめていたので私は慌ててその手を握って収めた。
「愛花!気持ちはすっごくわかるけど、相手は男の人だからさすがに愛花には叶わないよ。落ち着いて」
私がそう言うと愛花は悔しそうに世良を睨みつけながら大人しく引き下がった。
エレベーターの中でも世良は私に近寄ろうとしてきたが、朝の混み合ったエレベーターでは体の大きな世良は入り口付近で立ち往生して奥の方まで入っていた私と愛花には届かなかった。
業務が始まると担当の男性社員が世良を連れ回すので私は安心して仕事ができるし昼食もその社員が無理やり誘って一緒に食べているので私の方に世良が近寄ってくることはなかった。
「課長のおかげで会社にいる間は安泰だね」
愛花がそう言うとと私も頷く。
「世話係の人にも事情を少し話しているみたいだから、昼食とか休憩も一緒にとってくれているみたいだし、本当に良かったね」
「うん。仕事に集中できるから助かるな。教育係になった人には申し訳ないけど、きちんと仕事したいから世良くんがこちらにこないのはすごく安心する」
そう言いながら二人で昼休憩に入って、今日はキッチンカーでランチを買ってデスクで食べようと話していた。
キッチンカーは人気があり、すでに人が並んでいたので、待つ間に累の話をした。
「それで?累さんとは今後どうするつもりなの?」
「うん。今回は事情が事情だし許すつもり、でも3度目はないってはっきり言う。私が傷ついたこともしっかり伝える」
「そうだね。それがいいよ」
ちょっと前の私なら、今回の一件でまた婚約を解消しようとしていたかもしれないけれど、ずいぶんと図太くなったみたいで、それほど怒りは湧いてこなかった。黙ってGPSをつけられていたことは不本意だったが、世良のことがあってのことなので仕方ないかなと思う気持ちもあったのだ。
それよりも問題は世良をどうするかだ。
彼は自分のことをストーカーと思っていない典型的なストーカーなので、何を言っても言葉が通じないのが怖い。
もし何か事件を起こしたら社名に傷がつくので課長も常にピリピリしているし、世良をどうするか話し合いも起こっているらしい。
(もしそのせいで首になったらどうしよう)
少し不安に思いながらも私は出来立てのお弁当を受け取って愛花と二人でデスクに戻ると美味しいロコモコ丼を食べたのだった。