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第141話 GPS

「何をしている。結菜は俺の婚約者だ。お前が出る幕はない」


 累は私と世良の間に立ち塞がると意識的に私を背中に隠して世良から見えないようにしてくれる。だが先ほど発覚したGPSのことで私は過去の累を思い出して数歩後ろに後ずさった。


「結菜?どうしたの?」


 累は私に手を伸ばそうとしたがさらに数歩下がってその手を避けた。


「このストーカー男。泉川先輩のことをGPSでこっそりつけているなんて最低だ」


 世良は本気で累に怒りをぶつける。そして私が累から距離を置いた理由もすぐに察したようで苦い顔をする。

「結菜…違うんだ。これは…もし結菜に何かあった時にすぐに場所がわかったほうが駆けつけやすいから」

 そんな言い訳聞きたくなかった。私は累がもうストーカー行為をしないと言うことで信頼して一緒に過ごしていたのだから。


「もうしないって言っていたのに。せめて相談してくれればよかった。黙ってこんなことされても嬉しくなんてない!累のばか!」


 泣きながら怒ると累はオロオロと私のそばに寄ろうとしたため、私はまた数歩距離を置いた。

「ふん。婚約者ずらして泉川さんのことを騙すなんて最低ですね。泉川さん。今日は俺と一緒に帰りましょう。その方が安心ですよね?


「ううん。世良くん。君もストーカーだよ。みんなどうして普通に恋愛してくれないの?もうやだ」


 私はボロボロ涙をこぼしながら愛花に電話をかける。


「もしもしどうしたの?」


「愛花、今日家に泊めてくれない?」


 電話口で愛華は私が泣いていることを感じたらしく、すぐに返事をしてくれた。


「もちろん。タクシーつかまえて来られる?」


「うん…ありがとう」


 私はその時タイミングよく空車のタクシーが来たのでそれをとめた。


「累、今日は冷静になれないから愛花の家に泊めてもらう。だけど、明日は家に帰るよ。その時。話し合いしよう」


「結菜…待ってくれ」


 累は悲しそうに言ったが私は無視してタクシーに乗り込み愛花の家の近くを伝えるとその場を後にした。

 車窓から流れる街並みを見ながら私はもらったクマのキーホルダーを取り外すと持っても怖いから本当は捨てたかったけど、話し合いの場に必要だから鞄にしまってせめて目につかないようにした。

 タクシーが愛花の家の近くのコンビニに着くと、そこにはすでに愛花と栄が待っていた。


「もしかしてまた累が何かしたの?」


「お見通しだね。実はまたGPSをこっそり仕込まれていて…世良君のことで心配だからって言い訳してたけど今ちょっと冷静になれないから今日だけ泊まらせて欲しいの。明日は話し合うためにも累の家に戻るから」


 そう言うとまた涙が溢れる。愛花はそんな私を抱きしめてくれる。そうするとようやく安心して呼吸ができるようになった。


「安心して、私はいつでも結菜の味方だよ。何かあったら絶対守ってあげるから」


 愛花はそう言うとまだ夕飯を食べてないという私のためにコンビニでお弁当を買ってくれた。安いものでごめんねと謝られたがその気遣いが嬉しかった。

 愛花と栄の家には引っ越し祝いの時に入ったことがあるが、その時より小物が増えて二人が生活しているのだと実感させられた。それがあったかくてとても羨ましかった。


「はい。ホットミルク。落ち着きますよ」


 栄がハチミツをたっぷり入れたホットミルクを作ってくれ他ので、私はそっとそれを口に運ぶ。

 口内に甘いハチミツと温かいミルクの風味が広がってホッと息をつけた。


「ありがとうございます。美味しいです」


 そう言うと栄は優しく微笑む。


「それで、ぶつは?」


 愛花は手を出して早くよこせとばかりに私を急かす。

 GPSのことだとすぐにわかったのでそれを取り出して愛花に渡すと愛花は無慈悲にも巨大な裁縫用のハサミでクマのぬいぐるみの首を切り落とし、中を漁ってGPSを抜き出した。そしてそれをなぜか持っていたトンカチで叩き潰す。


「えええ!愛花!?」


「ふうスッキリした。これでもう追跡される可能性はないわね。しかし累さんも懲りないね。あんなに反省したそぶり見せてたのに…もう累さんのことは諦めた方がいいんじゃない?結菜にはきっといい人いると思うけど」


 愛花は気遣わしげに私を見る。

 だが私はこんなことをされてもまだ累のことが好き。今日は動揺してまともに話し合えないと思ったから離れただけで、本当なら実家に帰ればよかったけど、無性に人恋しくて愛花の家に泊まらせてもらうことにしたのだ。

 累は過去の過ちをまた繰り返してしまったが、きっと…話し合えばわかってくれる。もう2度と同じことはない。もし見限るとしたら3度目だと言うことを伝えたかった。

 時間が経過するごとに私は冷静さを取り戻してそんなことを考えていた。愛花の家でお風呂をいただいて、夜はお客様用の布団を借りて、下着はコンビニで買ったのでパジャマと明日の服だけ愛花から借りて私は布団に潜り込んだ。


「明日は絶対、累とわかりあうまでとことん話をしよう」


 スマホは着信の嵐になっていたので数時間前にOFFにしてある。全ては明日だ。私は冷静に話をするためにはまずコンディションを整える必要があると思い、その日はぐっすり眠ったのだった。

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