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第140話 秘密

 翌日は雨だった。シトシトと降る雨の中。私は傘をさして歩く。

少し後ろには世良が距離をとってついてきていた。

(累は今日はどうしても外せない仕事があるから仕方ないけど、正直何されるかわからないから怖い)

 本当はタクシーで行こうと思ったのだが、この雨でどうしてもタクシーがつかまらず、仕方なく歩いて駅まで行くことにした。

 今朝の世良は傘をさしてエントランス外の物陰に隠れて私を待っていたようだった。だが私に避けられていることを察してか、声をかけてくることもなく、私が歩く少し後ろをつけるようについて歩いていた。

(怖い。早く会社につかないかな)

 私は内心ヒヤヒヤしながら歩いて行く。電車に乗ると、世良は距離を一定に保って少し離れた場所から私を見つめていた。

 会社に行くまでの道も同様だった。

(一体どういうつもりなんだろう。怖いし正直精神的にきつい。もうやめてって直接言った方がいいのかな)

 世良は根はいい人だと思っているので、私は決意して会社直前で足を止めると世良に近づいて言った。すると世良は頬を染めて笑顔を浮かべる。

「泉川さん。おはようございます。嬉しいです。泉川さんから近寄ってきてくれて」

「ねえ世良くん。こうして後をつけられるのはすごく怖いの。だからお願い。もうやめて」

 そう切実にお願いすると世良はきょとんとした顔をする。

「つけて?いいえ。俺は泉川さんが誰かに危ない目に遭わされないか心配でボディガードをしていただけですよ。だって泉川さんはすごく魅力的だし、誰かに狙われる可能性が高いので」

「…つ。世良くんはボディガードのつもりかもしれないけど、私にとってはすごく世良くんが怖いの。後をつけるみたいに歩かれたり、家の前までこられたり、お願いだからもうやめて」

 私の言葉に世良はショックを受けているようだったが、なぜかすぐに笑顔になった。

「そっか。俺のこと怖いって思ってたんですね。先に説明しておけばよかった。じゃあこれからは公式のボディガードってことで、泉川さんのこと守ります」

(話が通じない)

世良はもう普通の状態ではないことを悟った私は後ずさる。本能的は恐怖からだったが、そこでバランスを崩して後ろに倒れそうになってしまった。

 思わず受け身を取ろうとしたが、それより早く世良が私を抱き止めた。

「危ないですよ。ね?やっぱりボディガードが必要だ。泉川さんおっちょこちょいなところがあるから。それより今日も可愛いですね。洋服も髪型も。いい匂いがするしあったかくて柔らかい」

 ゾッとした。早く世良の腕から抜け出したくて必死に体勢を直すと世良と距離をとった。

「世良くん、お願いだからもう私に関わらないで。私はボディガードされても世良くんのことが怖いとしか思えないの。お願い」

「怖い?俺が?どうして?こんなに泉川さんのことを思っているのに」

 世良は本当にわからないと言った様子で首を傾げた。

(この人にはもう何を言っても無駄なんだ。せっかくいい後輩に巡り会えたと思ったのに私が台無しにしてしまったんだ)

 私は悲しくなって思わず涙をこぼす。それを見て泉川は慌ててハンカチを差し出した。

「泉川さん。どうしたんですか?なんで泣いているんですか?」

 私はそのハンカチは受け取らず何も答えずにその場を後にした。少しの間傘を手放していたので体はしっとり濡れており、蒸し暑くなってきて館内は冷房が効いていたので少し寒かった。

 その日は私は意気消沈して仕事をしていたのだが、定時になると累が迎えに来てくれることになったので私はいつもの場所に立って累を待っていた。するとそこにまた世良がやってきた。

「あの…泉川さん。今日は俺が送ります。彼氏の車なんて待たないで一緒に帰りましょう」

「それはできないよ。私にとって大切なのは婚約者だけだから」

 はっきりと婚約者と言い切ったが、それは世良の耳に入っていかなかったようで優しい表情で気遣わしげな表情になった。

「泉川さんは優しいから。彼女にGPSを仕掛ける人を彼氏と言ってあげるんですね。束縛されて苦しくないんですか?」

(GPS?なんのこと?)

 私は思い当たることがないので不思議に思っていると世良が私のカバンについている累からもらったチャームに触れた。

「これ。GPSなんですよ。あなたはいつでも彼氏に見張られていたんです。騙されているんですよ。彼女のカバンにこっそりGPSを仕掛けるなんて、普通の人がすることじゃない」

私は驚いて鞄のチャームを見た。

それはクマのぬいぐるみで先日もらったばかりで、お気に入りだったのだが、まさかGPSがついているなんて思いもしなかった。

「これは…きっと累が私の身を心配してつけてくれてたんだと思うから…」

「だったらこっそりじゃなくて堂々とつけて貰えばいいじゃないですか。それを内緒で隠すようにつけさせるだなんて」

 私はあまりの正論に反論できずに固まっていた。その時累の車が到着し、私と世良がいるのに驚いて車から飛び出してきた。

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