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第139話 恐怖

「ヒッ!!」


 私は思わず悲鳴を上げる。過去の恐怖が蘇って私は累に縋った。


「この写真、いつの間に。会社での写真もある」


 どれも私が1人でいる時の写真だった。笑顔の写真、ちょっと困り顔の写真。真剣な顔をした写真。それらに全て付箋が貼られてあって、この表情のどこが可愛いとか感想が書かれていた。


「俺が言うのもなんだけど…この世良ってやつやばい男だな」


「うん…まさかここまでしてくるなんて…出会ってまだ少ししか立ってないのに」


「この写真と付箋、怖いだろうけど警察に相談に行くのに必要になるから俺が預かるね。それから結菜は本当に1人で出歩かないように。会社では上司に即相談すること。いいね?」


「うん…」


 私はなんとなく落ち着かなくてずっと気落ちしていたが、累が夕飯に私の元気が出るようにガパオライスを作ってくれて、お風呂も一緒に入ってくれたからちょっと元気が戻って夜も一緒に布団に入って累にピッタリくっついて眠った。


 翌朝、エントランスに降りるとエントランスの外で世良が笑顔で立っていた。私はゾッとすると累はそれを無視して駐車場に向かった。駐車場は敷地内にあるのでエントランスの外に出なくていいので世良には会わずに車に乗って会社に向かうことができた。


「累ありがとう。お仕事頑張ってね」


「うん。終わる頃にまた連絡して、迎えに行くから」


 そう言って累は帰っていった。

 そこにたまたま居合わせた愛花に早速世良のことを相談した。


「またかあ。本当に結菜は変人ホイホイだよねえ」


 愛花は呆れた様子ででも心配そうに言った。


「新人教育も課長にお願いして別の人にお願いしようと思ってるの。事情も話して」


「その方がいいね。私もなるべくフォローするから気をしっかり持って。世良は人当たりもいいし、すぐに別部署に移動するだろうから、それまでの我慢だよ」


 愛花はそういうと私と一緒に課長のもとに行って、現状を相談する。幸い課長はこう言うことに理解のある人で、課長から見ても世良が異常に私に執着していたので少し心配はしてたらしい。


「じゃあ泉川さんは今日から通常業務に戻って、彼には別の男の社員をつけるから席も移動させるから」


「ありがとうございます。ご配慮いただいて…」


 私が頭を下げると課長は気遣わしげに私を見つめた。


「まあ。彼も君から離れたら少しは正気に戻るだろうし、あまり落ち込まないようにね」


 課長はそう言うと近くにいた男性社員に世良の席を移動させて教育係に任命していた。


 その後、世良は出社するなり私の隣に席がないことに気がついて動揺していたが、課長に呼ばれて新しい教育係を紹介され、表面上はおとなしく従っているようだった。


 お昼もその社員と一緒に社員食堂に行くようで、私の方にはこなかったので安心した。


「今のところは平穏だね」


 愛花が言うと私も頷く。このまま何もないことを願いながら私はヒヤヒヤしながらその日の仕事を終えた。愛花は私を心配して退社する時もずっとそばにいてくれた。


「泉川さん。一緒に帰りませんか?」


 ニコニコ笑いながら世良が近寄ってきたので私は背中に嫌な汗をかいて答えた。


「あ…累が迎えにきてくれることになってるから」


「そうですか。じゃあそれまでまだ時間がありますよね?一緒に待っていますよ」


 世良がそう言うと、すかさず愛花が助け舟を出してくれる。


「世良君は悪いけど外してくれる?私と結菜の2人で話したいんだよね」


「そうですか。わかりました。じゃあまた明日」


 そう言うと割とあっさり世良は引き下がってくれたが、少し離れたところから私と愛花をずっと見ていた。


「世良君まじでやばいね。絶対1人になっちゃだめだよ?」


「でも、私以外の人を害さないか心配で。愛花も大丈夫かな?」


「そうだね。私も栄にLIMEして迎えにきてもらうよ」


「あ、それなら累に送ってもらったらどうかな?栄さんにきてもらうのも申し訳ないし」


「いいの?助かるよ」


 そう言って私と愛花は累が車で取り留めない話をしながら待っていた。


「お待たせ。愛花さんもしかして一緒にいてくれたの?ありがとう!家まで送るから乗って」


 そう言うと二人で車に乗り込む。そっと後ろを向くと世良が走り去る車を見つめていた、その表情は見えないが、微動だにせず、ずっと立ちつくしている姿は異様で怖かった。


「大変なことになりましたね」


 愛花は累に気遣わしげに言った。累は頷いて改めて愛花に礼を言った。


「結菜1人だと心配だったから助かりました。ありがとう。これからどうしたらいいか…本当に…」


「私有給が残ってるからしばらく会社休もうかな。なんだか周りに迷惑かけてばかりだから申し訳ないし」


「そんなことしても一時凌ぎだし有給もったいないからやめな。これからも私がついててあげるから」


 愛花はそう言うと私の手を強く握った。


「ありがとう愛花…私もうちょっと頑張ってみる」


 正直この後世良がどう動くかわからないので不安ではあるが、周りに助けてくれる人がいることが心強くて私は頑張ろうと心に決めた。

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