王都を発って十数日。
やっとたどり着いた例の峠から故郷を見渡す。
「やっと帰ってきましたね…」
とミーニャが目を細め、いかにも懐かしそうな表情でそう言った。
「ああ。やっとだな」
と言って私も目を細める。
私たちはしばらく峠から見える景色を眺め感慨にふけると、私が、
「さぁ、あとちょっとだ」
と声を掛けて、再び馬に前進の合図を出した。
翌日の昼。
やっとクルス村の門をくぐる。
すると遠くから、
「きゃん!」
「ひひん!」
という鳴き声が聞こえて、ライカが駆けてくるのが見えた。
コユキの姿は見えないが、おそらくライカに乗っているのだろう。
私も馬車から降りて駆け出す。
そして、田舎道の真ん中で2人をしっかりと抱きしめた。
「きゃん!」(おかえり、ルーク!)
「ひひん!」(おかえり!)
と言ってくれる2人に、
「ああ。ただいま」
と言って微笑みを向ける。
すると私の腕の中でコユキが私に頭をこすりつけて来て、ライカも同時に頬ずりをしてきた。
「あはは。2人とも元気にしてたみたいだな」
と声を掛け、思う存分撫でてやる。
すると2人はますます甘えて来て、
「きゃん!」
「ひひん!」
と声にならない声を上げた。
「ははは。お土産も買ってきたからな。あとでまた一緒に遊ぼう」
と言って、コユキを抱いたままライカに跨らせてもらう。
そして、私たちは荷馬車を先導するような形でゆっくりと我が家へ向かっていった。
「ただいま」
「ただいま帰りました」
と私とミーニャ2人そろって玄関で帰還の声を掛ける。
すると、すぐにエマが出て来て、
「おかえりなさいませ。荷物は運んでおきますから先にお風呂を使ってくださいね」
と言ってくれた。
「そうか。すまんな」
と言って、風呂に向かう。
私と離れるのを嫌がったコユキも一緒に連れていった。
(やっぱり実家の風呂というのはなんとも落ち着くな…)
と思いながら、じっくりと湯船に浸かる。
コユキは湯桶に浸かって気持ちよさそうに目を閉じていた。
風呂から上がり、リビングでくつろぎながら、コユキの毛を整えてやる。
コユキの毛は常につやつやでブラシを入れる必要性をあまり感じないが、一度試しにやって見たら、本人がかなり気に入ったらしく、それ以来、たまにやってあげていた。
「きゃふぅ…」
と、ややうっとりとしたため息を吐くコユキを微笑ましく思いつつ、ブラッシングを終える。
すると、ちょうどいいタイミングで、エマが、
「ご飯が出来ましたよ」
と私たちを呼びに来てくれた。
「さて、飯だぞ」
と、危うく寝そうになったコユキに声を掛ける。
「きゃふ?」
と少し寝ぼけた感じのコユキにもう一度、
「ははは。飯だぞ」
と声を掛けると、コユキは、
「きゃん!」(ごはん!)
と言ってさっそく私の手から離れ、食堂の方へとトテトテ駆けていった。
そんなコユキを追いかけるように食堂に向かう。
そして、懐かしい辺境の味に郷愁というものを覚えながら、存分に味わった。
翌朝。
また稽古の日々が始まる。
木刀を振り、気を練って魔法の訓練をしていると、裏庭にライカとコユキを抱いたミーニャがやって来た。
お互いに、「おはよう」と声を掛け合って挨拶を交わす。
どうやらライカは少し甘えたい気分のようだ。
何となくだが、そう思って私は、訓練を途中で止めライカを思う存分撫でてやった。
そこで、
「ああ、そうだ」
と土産の存在を思い出す。
そんな私のつぶやきに2人は、
「きゃふ?」
「ぶるる?」
と顔に疑問符を浮かべた。
私は微笑みながら、
「実は2人にお土産があるんだ。朝飯のあと渡すから楽しみにしていてくれ」
と告げる。
すると、2人は一気に喜びの表情になって、
「きゃん!」(やった!)
「ひひん!」(ねぇねぇ。なに?どんなの?)
と言ってよりいっそう甘えてきた。
「ははは。たいしたものじゃないが、後でのお楽しみだ」
と言ってその場ははぐらかす。
そして、
「ぶるる」(楽しみにしてるね)
と言ってくれるライカに別れを告げて、さっそく朝食の席へと向かっていった。
いつも通りの辺境らしい朝食をとってさっそくミーニャ、コユキと一緒にライカのもとに向かう。
厩に着き、
「待たせたな」
と声を掛けるとさっそくライカが小走りで近寄って甘えてきた。
そんなライカを少し撫でてやる。
そして、ひとしきり撫で終わると、ミーニャが差し出す麻袋の中から例の黄色いリボンを取り出し、
「どうだ?きっと似合うぞ」
と言って、見せてやった。
「ひひん!」(すてき!)
と言ってライカが興奮したような表情を見せる。
私はそれを見て嬉しくなり、さっそくミーニャに頼んでライカにリボンをつけてもらった。
ミーニャが器用に鬣に三つ編みを作っていく。
そして、最後にリボンを結ぶと、
「はい。できましたよ」
と言って手鏡をライカの方に向けてやった。
「ひひん!」(かわいい!)
と言ってライカが喜び頬ずりをしてくる。
私はそれを、
「ははは。気に入ってもらえてよかったよ」
と笑いながら受け止め、存分にライカを撫でてやった。
「きゃん!」(私も!)
とコユキが少し拗ねたような、しかして、期待もしているような声で私に訴えてくる。
私はそんなコユキを抱きかかえてやると、
「コユキにはリボンじゃなくて別のを買って来たぞ」
と言いつつ、ミーニャからボールを受け取り、
「どうだ?」
と言って見せてやった。
「きゃふ?」
とコユキが首をかしげる。
おそらくボールが何なのかわかってないのだろう。
そんなコユキに私は、
「これは転がしたりして遊ぶおもちゃだ。やってみるか?」
と言って、いったんコユキを地面に降ろし、その目の前にボールを置いてやった。
軽く押して、コロコロとボールを転がす。
すると、コユキはその用途をたちまち理解して、
「きゃん!」(楽しそう!)
と言い、さっそくボールを転がし始めた。
「きゃん!」(あはは。楽しい!)
と言ってコロコロとボールを転がす。
鼻先で押したり、乗っかろうとして転んだり。
いろんなことを試し、夢中になって遊び始めた。
そんな様子をみんなで微笑ましく眺める。
途中からは、私が軽くボールを投げてやったり、ライカもコユキと一緒になってボールを転がしてやったりしてみんなで楽しく遊んだ。
やがて昼時。
ライカに別れを告げ、屋敷に戻る。
コユキは昼食を食べるとすぐに寝てしまった。
きっと遊び疲れたのだろう。
そんなコユキをミーニャたちに任せて午後からは仕事に励む。
今年の収支をまとめた書類は、相当な量あったが、やはり米や綿花のことがあるからだろうか、私はどこかウキウキとした気持ちで書類の束をめくり始めた。
夕方、一区切りついたところで食堂に向かう。
コユキは私の姿を見るなり、ボール遊びの続きを要求してきたが、
「もうすぐご飯の時間だからだめだ」
と言うと、しょんぼりしながらも納得してくれた。
そんなコユキに、
「また明日、たっぷり遊ぼう」
と約束して夕食をとる。
今日の夕食で出たピラフは少し味が薄かった。
おそらく香辛料が切れかけているのだろう。
その味を味わって、
(シュテルの町で注文した香辛料が届くのはいつごろになるだろうか…)
と考える。
カレーへの道はもう拓けている。
後は香辛料の到着を待って試作に取り掛かるだけだ。
そう思うと、楽しみで仕方ない。
そんなことを考えていた私は少しにやけていたのだろう。
横でピラフを美味しそうに食べていたミーニャから、
「ルーク様、なんだか楽しそうですね」
と突っ込まれてしまった。
「ははは。今日は一日楽しかったからな」
と、やや誤魔化して答える。
そんな私にミーニャは、
「うふふ。今日のピラフは私が作ったんですよ。どうですか?」
と、やや胸を張って言ってきた。
きっと、香辛料が少ない中で色々と工夫をしてくれたに違いない。
そう思って私は、
「ああ。いつも通り美味い。ありがとう」
と、心からの感謝を込めて答える。
「えへへ。早く買い付けた香辛料が届くといいですね」
というミーニャに、
「ああ。そうだな」
と答えて私はその薄味のピラフを口いっぱいに頬張った。
楽しく夜が更けていく。
その日私は、
(こうしてまた何気ない日常に戻ってきたんだな…)
ということを改めて感じ、その幸せを噛みしめながらゆったりとして気持ちで床に就いた。