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第95話 ママの爆弾発言

「安永蓮です。戦闘専攻志望です。よろしく」

「由井聖弥です。同じく戦闘専攻志望です。僕らを知ってる人もいると思うけど、今日からよろしくお願いしまーす」


 夏休みも近いぜという頃になって、冒険者科に転入生が来た。

 突如現れた顔面偏差値の高いふたり組に、教室がめちゃくちゃざわめく。


 そして、説明を求める顔をみんな私に向けてくるのなぁぜなぁぜ!?

 本人に訊こうよ! 確かに「おまえの動画に出てた奴だよな?」って言いたいのわかるけど!


「柚香……」


 かれんちゃんが隣から手を伸ばしてつついてくる。

 求む、説明、って顔してるね。だから本人に訊けってば。


「うん、SE-REN。……まあ、諸事情あって」



 事の発端は、聖弥くんの暴露配信の日だった。

 SE-RENが事務所と手を切ってフリーになることを決めたとき、ママがとんでもないことを言い出したのだ。


「このままふたりとも冒険者を続けた方がいいわ。フリーだしまず知名度を上げましょう。知名度が上がればオーディションへのオファーがあるかもしれないし、他の事務所へ所属する道も開きやすくなるでしょう」


 うんうん、まあそれもそうだね。先を焦ってアホウドリ社長みたいな無能にもう一度捕まるのも嫌だし。

 蓮と聖弥くんもママの言葉を頷きながら聞いている。


「それに、俳優を目指すなら体力はどれだけあっても損しない。マチネとソワレの1日2公演を休演挟むとはいえ2ヶ月走りきるとか、体力付けてないと絶対無理よ。冒険者やってステータス上げた方が手っ取り早いのよ。

 私の知ってる俳優さんでも何人か、筋トレついでにダンジョンでステータス上げてるわよ」


 うん……? まあ体力が必要なのは間違いないけど、「舞台メイン」を当たり前に考えてる辺りがママらしいね?

 私としては、テレビドラマとかに出てる俳優の方が知名度高そうで良いんじゃない? って思うんだけど。


 蓮は真顔で頷いてるけど、聖弥くんはちょっとずれたのがわかったらしくて「うん?」って感じになった。

 逆に言えば、蓮は舞台俳優志望ってことなのかもしれない。いや、こやつのことだから、ママの言うことは全部鵜呑みにしてるだけの可能性もあるけど。


「ユズ、クラスメイトふたり脱落したって言ってなかった?」

「うん、クラフト専攻志望だった子が、やっぱり付いてこられなくてふたりリタイヤしちゃった」

「芸能科のある高校に行くより、むしろユズと同じ冒険者科に通ってもいいくらいよ。お金があれば新曲を自分たちで依頼することもできるしMVも作れるでしょう? 藤沢から北峰だったら自転車で通えるわよね」


 うん!?

 確かに芸能科にこれから転校するのは大変そうだけど、うちも――入れるのかな? 定員割れはしてるから、行けるっちゃ行けるのかもしれないけど。


「地獄の冒険者科に転入!? で、できるんですか? 俺まだ高校入ったばかりなのに」

「それは学校側に尋ねてみないとわからないけど、少なくとも今の蓮くんはユズーズブートキャンプをクリアして、他の生徒について行けるレベルになってるんじゃないの? ユズから見てどう?」

「なってるよ。むしろうちのクラスの半分より上だよ。まあ、その半分って大体クラフトだけど」

「マジか……そんなに鍛えられてたのか」

「ちなみにうちのクラスのトップは私だから」

「道理で鬼教官だと思ったぜ……もう、高校入った時点で他の奴らと違っただろ」

「とーぜん♪」


 ふたりは最初戸惑ってたけど、ママが説明する冒険者科のメリットの前に屈した。

 一番は、直接的にお金が稼げる冒険者スキルを伸ばせるって事だね。


 高校3年間で配信冒険者をしながらお金を貯めつつ、知名度を上げる。体力も底上げする。あわよくばジューノンのボーイズコンテストとかに応募していい線取る。

 ここでいろんな意味の貯金ができれば、その後は自由に行動しやすいってこと。


 あとひとつ良かったのは、北峰高校の普通科は県有数の進学校だってこと。

 ふたりが今通ってる藤北高校よりは全然知名度も高くて、「北峰通ってます」と言うのはちょっとしたステータスになるのだ。

 実際、冒険者科は普通科より偏差値10くらい低いんだけどもね……。


 この提案は親会議にも掛けられ、「まあ却下されるだろうけど、希望は出すだけ出してみようか」ってことになった。

 ふたりは転入試験を受け、そこで先生たちをめちゃくちゃ驚かせてしまったらしい。



 冒険者科は設立7年目だ。いろんなケースのデータ取りもしてる。

 そして、このふたりの特殊なステータスは、冒険者協会も通した結果「要経過観察」となったらしい。らしいってのは、毛利さんから聞いた話だからだ。

 なんとあの人、冒険者協会神奈川支部の理事だって! さすが高LV冒険者ー。


 というわけで、「まあ、通らないだろう」とあらかたの関係者が思っていた転校希望は、思惑を外れて通ってしまったのだ。

 ぶっちゃけ、私も通るとは思ってなかった。通ると思ってたのは言い出したママぐらいだと思う。



 男子の制服はうちも藤北も学ランだから、夏は確かにまるきり同じなんだよね。冬服も多分校章入りのボタン付け替えれば平気な奴。

 でもなあ……同じ教室の中に、制服を着たあのふたりがいるのは変な感じだなあ。


「なんか知らんけど、私の生活に食い込んでくるんだよね、彼ら」

「それはむしろ柚香が悪い気がするけど」


 さくっとかれんちゃんがぶった切ってくる。確かにそうですね!


「なんか、芋ジャーじゃないジャージを着たゆ~かが同じ教室にいるの、変な感じだ……」


 私のふたつ後ろの席で蓮がぼやいている。聞き捨てならぬな!?


「ちょっと蓮、言っていいことと悪いことがあるでしょ」


 ガタッと立ち上がって指摘したら、「やべっ」って顔をしている蓮。思ったなら言うなよ!


「学校でOネームで呼ぶのマナー違反じゃない!? 学校ではゆ~かって呼ぶな!」

「そっち!?」

「そっちかよ!」

「そこなんだー」


 何故かそこかしこからあがるツッコミの声。あれ? そっちって、もうひとつは何よ?


「え、えーと……柳川さん?」

「うわっ、その呼び方気持ち悪っ! 散々今まで呼び捨てにしてたくせに、名字にさん付けで呼ばれるとか、予想外に気持ち悪っ!」

「おい待て、なんかこのやりとり前にもした気がするぞ!?」


 うーん、私も確かに既視感!

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