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第102話 南足柄セミナーハウス

 目が覚めると、そこは山の中であった……。

 どこをどう走ったんだか全然分からなかった。みなみあしがらって付いてるから南足柄なんだろうなくらいしかわからなくて、もう現在地はさっぱり。


 ぞろぞろとバスから降りて、みんなあくびをしたり伸びをしたり、「寝てましたー」って感じが全開である。

 とりあえず1年生は整列させられて、先生から注意事項の伝達があった。


「時間割は栞にある通りで、夜は10時に消灯だからそれまでに適当に風呂に入ること。今日の夕飯から班ごとに皿洗いの当番があるから、サボらないこと。

 それと、これが一番大事なことだが、枕投げは禁止だぞー」


 既にセミナーハウスの中に移動しつつある上級生から、何故か笑いが起きる。

 枕投げ禁止? なぁぜなぁぜ?

 枕を投げられないなら布団を投げればいいじゃない的な?


 いや、それ以前にそれは高校生にわざわざ言わないといけないことなのかな?


「どうしてですかー」


 男子からやっぱり質問が入ったので、先生が大げさにため息をついて見せる。


「冒険者科の生徒が枕投げすると、枕が一撃で分解したり、ふすまに穴が開いたりするからだ」


 理解しました……。

 これは、過去に絶対やらかしてる先輩がいるんだね。

 そうか、枕投げなんて日常的にやるもんじゃないから、「このくらいの力」っていうリミッターが外れやすいんだろうな。相手の顔面目がけて叩きつけるように枕を投げるから、最早それは攻撃行動の一種なんだよ。


 しかも、冒険者科は血の気の多い奴らが多いときた。

 あいちゃんとか、あいちゃんとか、あいちゃんとか。


「せんせー。布団投げは有りですかー?」


 念のために聞いてみたら、「は?」って思いっきり聞き返された件!

 何人かは私から目を逸らし、それの何倍もの人数が「こいつ……正気ぞ?」って顔で私を見ている。


「枕投げが無しなのに、布団投げが許されるわけはないだろう! というか、布団を投げるんじゃあないよ! 布団は寝るもんだよ!」


 大泉先生の真顔のツッコミいただきました……。 


「だって。あいちゃん聞いた? 布団投げちゃダメだよ!」

「んもー! いちいち言うことないじゃん、この口がこの口がぁー!」


 私の後ろにしゃがんでたあいちゃんに、ほっぺたをめちゃくちゃ伸ばされた! 酷い! あらかじめ確認しておいたのに!


「布団……」

「投げたの? 平原さんが?」


 聖弥くんと寧々ちゃんが事故物件を見る目をあいちゃんに向けている。思いっきり首を縦にぶんぶん振ってるのは、かれんちゃんと彩花ちゃん。


「投げてない! 中学の修学旅行で枕投げになった時、飛んでくる枕から防御しようとして布団ガードしただけです!」

「布団をぶん回して枕を撃ち落としてたよね……」

「あれっ? ボクが食らった布団アタックはなんだったの? 投げたよね?」


 ミス常識・かれんちゃんと被害者の会代表・彩花ちゃんの証言です。私も投げた瞬間を見たんだけど、投げてないと本人は認識してるのか。


「握力足りなくて手から勢いで飛んでっただけですぅー」

「平原~、布団は投げるなー。確か今の時期は掛け布団の代わりにタオルケットだから、タオルケットも投げるなよー。とにかく部屋の中で備品を投げるな。全員わかったかー。

 じゃあ、登山の準備をして10時にまたここに集合だ。解散!」


 ちょっと間延びした「はーい」の声があちこちから上がる。みんな、自分の荷物を持って一度部屋に行くことに。私は荷物整理の必要がないから、今は部屋を見に行くだけって感じかな。


 南足柄セミナーハウスは、2階建てでちょっとしたホテルかな? って大きさがある建物だった。案内によると、客室が25室と食堂と大浴場があって、他に会議室が大小合わせて4つある。

 1泊2食付きで3500円と激安で、2泊以上の時は昼食も付けられる。それは1食400円。


 ちなみに、冒険者科の合宿では拾ったアイテムは余程特殊なものでない限りは換金しちゃって、宿泊費に充当されるそうな。

 初級ダンジョンで1日に4000円稼ぐのはギリギリだけど、年によってはそれを上回ることもあるらしい。先生から聞いた話では余ったお金はバス代の方に回されて、激安合宿になることがあるのだとか。


 格安だけど、トイレは部屋ごとじゃなくて共用だったり、布団の上げ下ろしは自分たちで、とかそういうこともある。

 事前説明の時「テレビがないから、ゲーム機持ち込んで対戦しようとするのはやめろ」とかも言われたけど、過去にやろうとした人がいるんだろうか……。

 私たち、テレビがなくてもあまり困らないスマホ世代なんだよね。


「あ、思ってたより綺麗じゃーん」

「広いね。何もないからか」


 先に部屋に入った彩花ちゃんと寧々ちゃんがそんな感想を口にしている。

 部屋は和室で8畳間。そして、見事に何もない! テーブルもない。

 畳は新しい色じゃないけど、すり切れてたりもしてないし、全体的に「思ってたより綺麗」だった。


 まあ、ここに泊まるのは冒険者くらいだし、部屋でゴロゴロしてないでダンジョン潜るためだし、寝るときしか使わないとなると自然に傷みも減るのかな。


「冷蔵庫もない……」

「あ、本当だ。てことは、飲み物はその度に自販機で買うか、水を飲むかしかないのかー」

「行ける範囲にコンビニもないよね、ここ」

「ねえ、待って。これは最早、ホラーゲームの導入じゃない? 人里離れた山の中、物資は手に入らず……」


 私が低い声で言うと、あいちゃんと寧々ちゃんと彩花ちゃんは「ハッ!?」という顔で私を見た。


 今、雷が落ちたらジャストタイミングだったと思う。晴天だけど。


「コンビニはないけど、すぐ側にダンジョンハウスあるから。飲み物と軽食はそこでも買えるじゃん?」


 とてもとても冷静なかれんちゃんの指摘!

 そういえばそうでした!!

 ホラー展開にならぬかー!

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