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第103話 金時山に登る。ただし、冒険者科である。

 そもそもこの合宿の目的は、まだLV10になってない生徒をそこまでLVアップさせることだ。

 だから――初日は、まず山登りから始まる。

 金時山登山だよ。大山に登るとき、私が「そのうち登るんだよ」って蓮に言ったのはこれがあるから。


 誰にとっても重要なVITを鍛えるためだね。Y quartetみたいにLV10超えちゃった人たちにはあまり関係ないけど、まあ、体力はどれだけあってもいいのだ。


 あとは、足場が悪いところを歩くテクニックとかも鍛えられるね。初級ダンジョンはぶち抜きワンフロア真っ平らだけど、この先中級の中層を超えると足場が悪い場所も出てくる。



「お弁当~。お弁当しまうよー。お弁当しまうのいらんかねー」


 そして集合時間の直前、私は謎のサービスを展開していた。

 さっき廊下で会った先輩から聞いたんだけど、これからの登山は片道3時間半くらいかかるんだって。


 今は、夏です。

 しかも梅雨も明けました。

 暑さでお弁当が傷んで食中毒が出たら嫌だ。なので、アイテムバッグに空きスロットもあるし、お弁当預かりをしようと思いついたのだ。


 私のアイテムバッグは、時間停止とかの機能はさすがに付いてない。

 付いてるアイテムバッグも存在するんだけど、それは青箱産の中でも更にレアらしい。今のアイテムバッグでも、私は全然困らない。


 時間経過するのに何故預かりをするかというと、温度に関しては「入れたまま」なのだ。つまり、リュックの中に入れたまま、暑いところを3時間半歩くうちにお弁当がやばくなるよりは、まだいくらか冷えたままアイテムバッグに入れちゃった方が危険度は下がる。


 結局、クラス全員ばかりか、先生の分のお弁当までもが私のアイテムバッグに入ることになった。

 保冷剤とか付けてる人もいたんだけど、さすがにここから3時間半は、ってね。

 寧々ちゃんや蓮は、リュックがちょっと軽くなったことを単純に喜んでいる。


 金時山の登山ルートは、一般的には3つある。全部箱根方面からのルートなんだけど。

 ところが、今いるところは箱根に近くないんですわ。

 先生の後に続いて山を登り始めたけど……これは、獣道!

 獣道っていうか、整備されてない、道とも呼びがたいもの!


 軍手しろって言われてたのこれかーと思いつつ、私は時々傾斜のきつい地面に手をつきながら登る。びっくりするくらい急な坂とか、割と危ないところを登らされるね……さすが冒険者科。


「きつい……マジ無理……」


 ぜぇぜぇと息を切らしてる蓮が私の目の前を歩いてる。蓮は本当はもっと前にいるはずなんだけど、遅れて遅れて後ろまで落ちてきてる。


「だから、前に言ったじゃん……大山ごときでひーひー言ってられないよって」

「……しかも」

「てか、しゃべると余計な体力消耗するよ?」

「補正が……ない……」


 無理にしゃべるなってアドバイスしてるのに、「これを言わないと死ぬ」くらいの形相で蓮がぼやいてる。うん、まだ余力があると見た。


「とっとと歩けよ、安永蓮。ボクとゆずっちの山登りデートに割り込んでくんな」

「わあ、頭がスイーツな人が隣にいた」


 最後尾は大泉先生なんだけど、その手前は山登りの経験があって体力もある私と彩花ちゃんと前田くんだ。先頭の先生の後には中森くんと倉橋くんで、その後は持久力の低いクラフトの人たち。

 決して彩花ちゃんとふたりきりで登山してるわけじゃない。


 ぶっちゃけ私と彩花ちゃんと前田くんは、前が滑落してきたときに食い止める要員である。さっき先生に言われた。酷い。


「安永は由井より体力がないなあ。というか、クラフトより体力がない戦闘専攻はちょっと問題だぞ、頑張れ」

「……無理」

「他の人みたいに4月から持久走してるわけでもないのに、いきなりこんな山登らされて無理って言ってます」


 蓮の一言から勝手に捏造して代弁したら、合ってたらしくてめっちゃ頷かれた。合ってるんかーい。


「むしろ……なんで平気で登れるんだ、こんなところ」


 でっかい石を避けながら、蓮はよろめいた。危ないので後ろから思わず支えたら、「無理っ」って彩花ちゃんが叫ぶ。


「ボクより弱い奴がゆずっちとパーティー組んでるとか、マジで無理!」

「そんなこと言ったら、彩花ちゃんとしかパーティー組めないじゃん。いないときが多いのに。無理」

「先生……武器装備させてください……」


 おおっと、蓮が弱音を吐きすぎだ! とうとう補正に頼ろうとしてる!


「却下だ。だいたい、安永の武器は……」

「私のバッグに入ってますけど」


 持ってきてあるんだよね、3人分の装備。時間空きがあったら中級ダンジョン行こうと思ってたから。

 あ、蓮がついに転んだ……と思ったら大泉先生が笛を吹いた。その音で、先頭から全員が止まる。


「立ったままで5分休憩ー」


 先頭を歩く先生から指示が飛んでくる。あちこちで「うおー」とか「ひえー」とか悲鳴が聞こえて……そんなにみんなきつかったのか。蓮が根性無しなんだと思ってた。


「座りたい……」


 クラスで一番体力がないのに最強と言われてる癒やし系アイドルは、斜面に手をついたまま体をくの字に折っている。

 先生に「立ったまま」と言われてなければ、即座り込んでたんだろうな。


「座ると後で余計きつくなるよ。ほら、水分とって」


 私が後ろからつつくと、蓮はしぶしぶ立ったままでリュックからペットボトルを出して水分補給した。それを確認して私も常温のスポドリを飲む。


「なんで座っちゃ駄目なんですか」


 蓮が恨みがましい目を先生に向けると、少し上の方にいるクラフトからも「そうだー」「なんでー」と声が降ってくる。


「座ったら、せっかく温まった体が冷えるからだ。憶えておけー」

「今夏です!」

「山は涼しいだろー」

「言うほど涼しくないです!」

「汗を掻くのは体温を下げるためだろう! 思ったより冷えるんだよ! とにかくいいから、何か飲んでおけ」


 座りたい人たちVS先生のせめぎ合い……。

 歩き慣れない道は、一般の人よりもステータスが高い生徒をも消耗させる。怖いねー。


 私は割と平気だ。何故なら一般の登山道だけど金時山は小学生の時に登ってるし、なんなら他の山も割と登ってる。おじいちゃんが登山好きだからね。

 山の後は温泉に連れて行ってくれたりしたから、割と嫌がらずに昔から付いていったよ。



 先生が予定していたよりも多くの休憩を挟む羽目になりつつ、なんとか全員揃って登頂。途中で軽食はとったけど、お昼ご飯は山頂だね。


「いやー、危なかった。まさかの予定の30分押しとは……柳川の機転で助かった」


 私からお弁当を受け取りつつ先生がしみじみとぼやく。確かに、夏場の4時間常温はヤバいね!

 主に遅れる原因になった蓮は、聖弥くんが敷いたシートの上でぶっ倒れている。示し合わせての仲良し行動ではなく、蓮がいきなり占拠したらしい。


「回復魔法で疲労も消えればいいのにねえ」

「魔法って万能感がないよね。ここまで極端だときついなー」

「クラス最強にして最弱……おもしれー男」


 常識的な感想を蓮に対して抱いたらしいかれんちゃんと、軽くディスってるあいちゃんと、おもしれー男呼ばわりをする彩花ちゃん。私は……とりあえず、全員に軽く同意かな。


 座ったらとにかく口に物を入れろ! 回復しろ! と骨身に染みさせられている根っからの冒険者科生徒は、シートを敷いて座ったらまず水分をとって疲れた顔ながらもお弁当を食べている。

 それができない蓮はちょっとまずいね。……と思っていたら。


「蓮、ほら、水飲んで! 起きて、どいて! 食べないと山を降りられないよ!」


 相方の聖弥くんが世話を焼いてたから、まあいいか……。

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