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第104話 蓮の告白

「死屍累々の面々の中で、けろりとしてご飯を食べる私たち」

「一緒にするなし……」


 天むす片手にママの特製だし巻き卵を食べてたら、あいちゃんがげっそりとしつつもツッコミを入れてくる。けろりとしてないらしい。


「ゆずっちー、卵焼きちょうだい! これボクの好きな奴だ!」

「いいよー。彩花ちゃんが好きだから、ママが多めに入れてくれてる」

「私ももらうー」

「私も……」


 ママの特製だし巻き卵は、前の日に卵を溶き、醤油とみりんを合わせて煮切ったかえしを入れて一晩おき、焼く前にすりおろした山芋を入れてある妙に手の掛かった奴である。

 こだわってるだけあって美味しいんだよね。一晩寝かせてある分、白身と黄身が混じりきってなかったりって事がなくて、とっても滑らか。


 かれんちゃんと彩花ちゃんだけじゃなくて、あいちゃんも死にそうな顔をしつつ卵焼きをつまんでいく。うん、これなら平気だな。

 本当にヤバいと、水分しか喉を通らないからね。


 心配なのは寧々ちゃんや須藤くん、後は蓮……あれっ。

 聖弥くんのレジャーシートで行き倒れてたはずの蓮が、いつの間にかいなくなってる。聖弥くんはげそっとしてるけどサンドイッチ食べてるし、こっちはなんとかなるか。


 寧々ちゃんと須藤くんも、無理矢理っぽいけど食べてるね。さすが4月からの冒険者科。

 ん? LIMEに蓮からメッセージが入ってる。なんだろうな、すぐ側にいたのに。


『話がある。茶屋の裏までひとりで来て欲しい』


 んんんんんんー? なんだこの意味深なメッセージは!

 多分ろくでもないことの気がするけども!


 既読付けちゃったからには無視できないので、私はため息をつきつつ茶屋の……茶屋、ふたつあるんだけどどっちだ?

 とりあえず蓮は秘密にしたがってるようなので、声は出さずに裏を覗いて歩く。蓮がいたのは、みんながいる場所から遠い方の茶屋だった。


「蓮、どうしたの?」

「柚香……」


 なんかほっとしたような顔で、私が来たのを見て名前を呼んでくる蓮。


「いや、柚香様……ポーションください。確かバッグに入ってるんだよな」


 即落ち2コマ!

 流れるように土下座をして言ってくることがそれかー! ろくでもないー!


「ダメでしょ? 他の人はポーションに頼らずに頑張ろうとしてるのにさ!」

「わかってる! わかってるけど俺もうLV10超えてるし、山登りがステータスに結びつかないし! 黙ってればバレない!」

「普通に怪しまれるに決まってるでしょーが。さっきまでバテバテだった人間が普通にサクサク動いてたら」


 言いつつも、薄々察してポケットに入れてきた普通のポーションを渡す私は甘いですね……。多分先生に怒られる奴じゃないのかなあ。


「ちゃんとご飯食べるんだよ、体もたなくなるから」

「神様仏様柚香様、ありがとうございます」


 拝みながらポーションを受け取った蓮がそれを飲んで、半分くらい体力回復したのを確認して私はスタスタと先生のところへ向かった。


「先生~、蓮がポーション飲みました-」

「んなっ!? おい柚香、なんで速攻裏切るんだよ!」

「安永蓮~……おまえ、ボクの見てるところでゆずっちと茶屋の裏から出てくるとか調子こいてんじゃねえぞ? 一度シメるか? アァ?」


 私の密告に焦って走り出してくる蓮と、すっごい速さで蓮に飛びついてってコブラツイスト掛けてる彩花ちゃん。もうシメてる、速い。そして抵抗できない蓮は弱い。


「安永……登りを見ててもきつかったのはわかるが、もう少し我慢できなかったのか。普通はポーションなんて飲む奴いないんだぞ。それと、長谷部はその技はやめてあげろ。安永が自力で下山できなくなる」


 チッと舌打ちして彩花ちゃんが蓮を解放し、うちのクラス最強にして最弱の天然魔法使いはその場に崩れ落ちた。

 私はそろりそろりと挙手をして、先生にお伺いを立ててみた。


「先生、ステータスに影響があるのって『体力の限界まで頑張って疲労した』ことじゃなくて、『一定の体力を使った』ってことですよね? 例えば、ここまで登ってきて余裕がある私とバテバテの蓮でも、LV9までだったら成長に掛かるボーナスは同じだと思っていいんですよね」

「まあ、そうだなあ」

「つまり、疲労に関しては回復しても問題ないと」

「まあ……そうだなあ……」

「はい言質いただきましたー! クラフト集合! あと聖弥くんと浦和くんも! ポーション配りまーす!」


 今までゾンビみたいになってたクラスメイトが、くわっと目を光らせて私のところに集まってくる。一番安い常備薬用のポーションを、私はアイテムバッグから出してぽいぽいと渡していった。

 まとめ買いしておいてよかったー!

 後でセミナーハウス前のダンジョンハウスで補充しておこう。


「神様仏様柚香様!!」

「ありがたやありがたや~」

「柳川さん、ほんと神……」


 戦闘専攻の男子のほとんどは、「ここでポーションに頼らない俺かっこいい」と思って我慢しているのか、不平を言ったりはしないね。うん、実際頑張ってる君らは偉い。


「や、柳川……」


 1本3000円のポーションをばらまいた私に、先生が変な汗を掻きながら手を伸ばしてくる。


「先生もいります?」

「そうじゃなくてなあ……。それをしたら他の生徒と差が出ちゃうだろう」

「ご飯食べるのでいっぱいいっぱいな人にしか配ってません。それに、他の人は文句言わないって事は、平気だって自己申告してるのと同じです。

 冒険者科って、ダメな運動部みたいな根性論で授業してないですよね? そりゃもちろんステータス上げには根性も必要ですけど、『体力を使った』ことが大事なら今の疲労はむしろ明日以降の行動の邪魔じゃないですか」

「うーーーーーーーーん……みんなー、この事は他言無用だぞー。漏らすと来年以降先生たちが面倒なことになるからな」


 落とし所はそこか。何もなかったってことにするんだね。それがいいと思う。

 私は古今東西全員を助けたいんじゃなくて、目の前にいるクラスメイトの辛そうな姿を見たくないだけだから。

 来年以降のことは知らぬ。

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