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第105話 山登りは実は下りの方がきつい

 ポーションを飲んだ人たちは、全快ではないけども疲労が大分軽減されたみたいだ。

 無理矢理口に押し込んで食べてたご飯を、普通に食べられるようになってた。


「ゆーちゃん様々ー。ポーション普段使わないからさ、疲労を回復するって発想がなかったわ」

「蓮の特訓の最初の頃は体力なさ過ぎで、こうでもしないとまともにできなかったんだよ」


 上級ポーションを飲めば疲労に関しては一旦リセットできるけど、あれはホイホイ飲むものじゃない。1日1回しか効かないしね。

 まあ、ホイホイ毎日飲んでた魔法使いがそこにいますけれど。


 金時山の頂上には「天下の秀峰 金時山」って書かれた山頂標識が立ってて、標高1212メートルとも書かれてる。大山と大して変わらないんだけど、こっちの方が格段にきついんだよね……やっぱり勾配かなあ。


 ちょうどその向こうには富士山が見える。学校からも見えるけど、山のてっぺんから見ると障害物がほとんどなくてロケーションとしてはいいね。

 夏の富士山って、冠雪がないからあんまり綺麗じゃないけど。


 お昼休憩をして元気が回復した私たちは、記念写真を撮ったりしてから山を下ることになった。

 なんと、セミナーハウスの夕ご飯が6時からなので、それまでに着かないといけないらしい。

 本来は3時間半という時間ですら余裕を持たせてのものだったのに、30分も遅れてしまってるから、気合い入れて巻かないといけない。――と、先生に言われました。


 その瞬間結構な人数の目つきが変わったよね、主に男子の。あと私も。

 南足柄セミナーハウスは結構ご飯が美味しいと評判なんだよね。夕飯に遅れたら一大事だ!


 来た道を下っていくのは、結構辛い行程になった。私は平気だけど、やっぱり山に慣れてない人たちが大変そう。

 登りはね、疲れるだけなんだよね。下りは普段使ってない筋肉を使うっぽいし、傾斜のせいでとても歩きづらい。尻餅ついちゃう人とか、何人も出てきた。


 あいちゃんは大股でサクサクと下りて行く。割と慣れててすぐにバランスを取れる人の歩き方だ。

 行きは大変そうだったけど、無意識に体力を温存しちゃうタイプらしくて、山に行くとポーション飲んでないときでも毎回こうなんだよね。


 それに比べて……。


「ぎゃー!」


 ちらっと見た瞬間、汚い悲鳴が響いた。

 蓮が、思いっきり尻餅をついて1メートルくらい滑り落ちていく……。

 周りを歩いてた人は声が聞こえた瞬間に反射的に避けてて、巻き込まれる人はいなかったけど、あっぶねえ!!


「ぎええええええええ!」


 ぎゃーだのぎえええだのやかましいなあと思ったら、土まみれの腕から流血してる! それに気づいて悲鳴を上げたらしい。


「ライトヒール!」


 あ、自分で回復魔法使って治した……。思いっきり顔をしかめて、腕についた土を払ってるけど大丈夫そうだ。


「わー、心配したのが損した気分ー。これがマッチポンプって奴? それとも自作自演?」

「マッチポンプでも自作自演でもねえよ! 実際傷をあのままにしてたら良くないだろ!?」

「まあね、傷口に土が入ったら良くないし」

「むしろ、入って破傷風にでもなってしまえ」


 私がうつろな目でやるせない気持ちを吐露したら、蓮が元気よく噛みついてきた。そして彩花ちゃんはケッ! と呪いの言葉を吐いている。……蓮に当たりがきついなあ。


 帰りは行きよりも列が伸びてしまって、これは側面から攻撃されたらヤバい奴だとか思ってしまった。いや、こんなところで何かに襲われるわけがないわ。ママの変な教育が染みすぎてる……。


 登りは苦手だけど下りは強いとか、逆に登りは強いけど下りが下手な人とかがいて、山登りは一辺倒に行かない。どうもクラスの中では私と彩花ちゃんと前田くんが登山に関しては経験値が突き抜けてるみたいで、登りも下りも余裕だ。

 登りの時には生徒の先頭を歩いてた中森くんも、下りが苦手らしくて列の真ん中当たりまで下がっていた。


 ちなみに、聖弥くんは登りも下りも同じくらいらしい。さすが勇者ステータス。


「ヤバい、登りより下りがきついとか聞いてない」

「わかる……下りは楽だろって思ってた」


 蓮がぼやいたら中森くんが同意している。……そういえば、大山の時は私が気絶してる蓮を担いで下山しちゃったから、下りを歩いてないんだわ!


「が、頑張れ頑張れ~、夕飯に間に合わなくなるよー」

「ゆずっち? どしたの、急に」


 突然ふたりを励まし始めた私に、彩花ちゃんが訝しむ目つきを向けてくる。


「安永蓮ー! おまえまさかゆずっちと前に山登りしたことある!?」

「大山登ったけど……あ、帰りは……帰りは……」


 帰りは意識のないうちに私に担がれて下りてましたとは言えず、蓮がそこで詰まってうろたえる。それを見てくわっと目を見開いた彩花ちゃんが、後ろにいる大泉先生じゃなくて列の先頭を歩いてる先生に向かって大声で叫んだ。


「先生ー! こいつですー! こいつ、絶対ゆずっちと大山に行って下山の時に何かあったー!!」

「何が!?」

われなき非難!」


 彩花ちゃんの謎の通告に、蓮は悲鳴みたいな声を上げ、私も思わず反論した。

 なんなんだ、この彩花ちゃんの勘ぐりは! 超動物的! しかもある意味当たってる!


「えっ、何? 安永と柳川になんかあったの?」

「ふたりで大山? 配信もしてなかったよね? デート? まさかデートなの!?」

「いやいや、こんなバテバテになってる安永が、山をデートに選ぶわけじゃないじゃん」

「むしろ普段あんなに仲が良くて何もないわけ!?」


 女子の一部と、ごく一部の男子がすんごい色めき立ってるなあ……。

 蓮が山をデートに選ぶわけない。それは激しく同意だな。かっこつけだし、デートでそんな場所に行くわけないね。

 というか、なんで私たちがふたりで出かけるとみんなにデートって言われるんだろうなあ?


「大山の頂上にある大山阿夫利ダンジョンに、ヤマトを鍛えに行ったの! 蓮は回復要員なので連行しました! ついでにモンス1匹倒したからすっごいLVアップしたんだけど、蓮のステータスの上がり方がおかしくて、それを指摘したら気絶したの!

 下りは気絶してる蓮を担いで下りました。以上!」

「やめろ柚香、それをバラすなーーー!!!!」


 面倒になって事実のみを叫んだら、蓮の絶叫が被さってくる。その瞬間から、なんか嬉しそうにはしゃいでたクラスメイトたちがスンッ……って虚無顔になっていく。


「安永ァ……同情する……同情するぞ……」

「連行かー。そうかー。回復要員だったら『連行』するよなー」

「確かにそれは隠しておきたい……てか、柳川も『担いで下りた』ってどういうことだよ……人間離れしすぎだろ」

「えー!? だって、アポイタカラ製の防具着てたんだもん! ステータス修正凄かったんだから、蓮くらい担ぐの余裕だよ!」


 人間離れしてるとか解せぬ! と思って反論したら、同時にあちこちから「そうじゃなくてぇー!」とツッコミが入った。解せぬ!


「よく安永は無事に帰ってこられたな。柳川が足を滑らせてたら終わってたぞ」

「ただでさえバランス崩しやすい下りを、自分よりでかい荷物担いで下りるとか、それはもう人間離れって言うんよ……」


 しみじみと言う大泉先生と、あまりにも冷静なかれんちゃんの指摘。おおっと、これは「アルゼンチン・バックブリーカーで担いで下りました」とか絶対言っちゃダメな奴だね!


「安永蓮ー!! ゆずっちに担がれるとかどういうことだよー! ボクだって担がれたい! チクショー!」

「無実だろ!? 気絶してたんだから!」


 そして彩花ちゃんはそこなのか!

 全く、解せぬなあ!

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