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第127話 柚香の課題

「ただいまー」


 今日の補習が終わり、私と蓮と聖弥くんはまとめてうちへ。SE-RENはこの後ボイトレがあるから。

 玄関を開けて声を掛けたら、ヤマトがててててと走ってきて、「構え、構え!」と立ち上がってる。愛い奴め愛い奴め。


「お邪魔します」

「ただいまー」


 にこやかにお邪魔しますと挨拶しながら聖弥くんが上がってきて、その後に続いた蓮は……疲れてんのかな?


「いいのよー? 『ただいま』でも」

「嘘! 嘘です! 今の無しで! お邪魔します!」


 蓮は速攻ママにツッコまれ、真っ赤になって手をぶんぶん振っている。

 私とママと聖弥くん、3人分のぬるい視線が蓮に注いだ。


「やめろぉぉぉ」

「疲れてるのねー。蓮くんと聖弥くんは合宿から帰ってきてすぐ補習だもんね。まず一休みして甘い物でも食べなさいよ」


 くっ、優しそうなことを言ってるけど、ママが一番ニヤニヤしてるぞ!

 こりゃあヤバい弱みを握られたね……。


「ところでユズは先生に何を言われたの? 本当だったら必要ないのにーとかぼやきながら出てったけど」

「うっ……」


 油断してたらママの矛先が私に! とりあえず手を洗ってうがいをしてから、私はリビングのダイニングチェアに座った。蓮と聖弥くんも空いてる椅子に座り、残りの椅子にママが座る。


 ドン、とテーブルの上に牛乳パックが置かれ、お皿に緑色のクッキーが盛られて出される。なんだろう、抹茶味かな。


「いただきまーす」


 まずはおやつを食べてから、と思ってクッキーを一口。うん、なんか青臭い味……これは野菜の何かですね。


「一昨日まるみんがほうれん草シフォンケーキを作ってきてて、真似しようと思ったのよねー」


 なるほど、なんか形が不揃いだなと思ったら、ママの手作りか。

 まるみんさんはママのゴスペル仲間で、時々お菓子を作ってくる人だ。まるみんさんの作るお菓子は安定の美味しさなんだけど……。


「冷凍ほうれん草使うといいって聞いてたんだけど、今日になって作るぞーって思ったとき、冷凍庫にある青物が青汁だけでね」

「青汁クッキー」

「なるほど、青汁」


 蓮と聖弥くんは食べかけのクッキーを見つめて呻く。

 全然食べられない味じゃないんだけど、青汁と言われると途端に何故か美味しくないように感じるのはなぁぜなぁぜ?


「そもそもシフォンケーキじゃなくてクッキーになってる」

「卵足りなくて」


 ああ、シフォンケーキって確か卵を4つ使うんだっけ。……じゃなくて、どこまでもノープランですね、この人は!


「まあ、いいじゃないの。この前のカロリーメ○トもどきよりは」

「あれはあれで悪くはなかったけど……」


 それは私が買ったノンフレーバーソイプロテインと言う名の大豆粉で、ママが錬成した謎の物質だった。

 ココアパウダーを入れてクッキーを作ったら、何故かできあがった物がカロリーメ○トとしか言えない食感と味になったんだよね。あれは謎。


「で?」


 高校生3人がクッキーを食べて牛乳を飲んだタイミングで、再度ママが私に話を促してくる。うー、説明めんどいなあ……。


「えーとね……蓮はフル装備の自分と素の自分の強さの切り分けができてるから良くて、聖弥くんはまだ何もできてないから逆に良くて。でも私は元からそこそこ強い上に、半端に動けるせいでダメなんだって」

「わかるようなわからないような」

「『何が』ダメなのかの説明がないわね」

「んーー、説明難しいなあ。フル装備しちゃうと、私たち凄い強いでしょ? でも、戦いの経験を積んで得た強さじゃなくて、初心者が一足飛びに得ちゃった強さなのが問題なんだって。その中でも私が、なまじ強いから『素の強さがこのくらい』『村雨丸装備したらこのくらい』って切り分けができてなくて、『素でこれだけ動けるから行けるだろ』ってどんぶり勘定で敵に向かって行っちゃうのが危ないって。――あと、今日半日村雨丸でいろんな物を切りまくったんだけど、動きが小さいって言われちゃって」

「……あっ!」 


 私は考え考え、安達先生と片桐先生に言われたことを説明する。

 そうしたらママは何か思い当たる節があるらしくて、ぺちっと自分のおでこを叩いていた。


「そうよ、ユズの刀の使い方って、打刀ベースなのよね! 太刀じゃないのよ」

「そこ、違いはあるんですか?」


 ママのマニアックな指摘に、聖弥くんは純粋に不思議そうに尋ねてきた。蓮はもう刀の細かいこととか考えることはやめてるらしく、黙々とクッキーを食べている。


 ……うん、やっぱりママは気づいてたんだなあ。私の立ち回りが打刀のものだってことに。

 簡単に言うと、中学時代から木刀振ってた癖が付いちゃってるんだよね。

 長さとか、反りとか、そういう物が戦い方に影響を与えちゃってる。あと、一番目にしてた殺陣の動きも関係あった。


「やっぱり一度道場に行って、ちゃんと習った方がいいわよ」

「倉橋くんに連絡しよー。見学来てみないかって誘われてたから」


 合宿の帰り間際に「武士の集い」なる冒険者科の刀メイン武器にしてるグループLIMEに誘われたから、それにも入ってるんだよね。

 倉橋くんの通ってる道場を見学してみて合わなかったら、そこで道場の情報もらうのもいいな。


 冒険者科の縦の繋がりに関しては、合宿からバタバタと活発になり始めた感じ。

 夏休み中の登校日には体育祭準備もあるから、そのせいもあるんだろうな。


「あ、そうだ、忘れないうちに出しておくね。これ、うちの父から」


 聖弥くんがスポーツバッグからぺらりと1枚の書類を出した。私たちが覗き込んだ書類は、「武器および防具における借用契約書」と書かれていた。

 甲とか乙とか法律用語っぽく書いてあるけど、内容はかなり簡単。


 この契約書はそれぞれ私と蓮、私と聖弥くんの間で個別に結ばれる契約に関する物であること。

 アポイタカラ製の武器防具に関する所有権は私にあり、彼らはそれを借りて使っているだけであること。

 借用期限は高校卒業までとし、それを超えて使用したい場合は再度期限を決めて契約を結び直すこととする。――まあ、高校卒業するまでになんとかふたりはお金を貯めて芸能活動に全振り出来るようになるのが理想だもんね。


 後は、盗難に遭った場合や紛失の場合の補償方法とかに関して書いてあったりしたけど、これはまだ仮なんだよね。

 壊れても素材変換ができるから、回収ができれば作り直すことは可能。まあ、お金掛かるけど。

 問題は、紛失した場合と盗難に遭った場合かな。盗難は保険掛けることもできるから、保険掛けた方がいいとも追記してあったし、保険会社が何社かピックアップされてた。聖弥くんのお父さん、お疲れ様です。


「なんか、なんだかんだやること多いね。寧々ちゃんのところのマユちゃんの特訓もしなきゃでしょ? その後で須藤くんも入れてあいちゃんたちとダンジョン行くでしょ? Y quartetでダン配したいし、道場も行かなきゃだし」

「俺たちは道場がない分毎日ボイトレだけど」

「宿題少なめなのが救いかなー」


 私と蓮と聖弥くんが、ぐだっとテーブルに伸びた。

 ううーん、本当に忙しいぞ?

 五十嵐先輩が「夏休みは半分無いと思え」って言ってたから、それも怖いんだよなー。

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