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第128話 笠間自顕流

 とりあえずX‘sには雑談配信するよーと予告を投げておき、私は倉橋くんに紹介をお願いして道場の見学に行くことにした。


「水筒とタオルだけ持って、普通の服装できて」


 そんなことを言われたんだけど、今日はガチで見学だけかなあ?

 それにしては水筒とタオルっていうのが、「運動します」ていう持ち物だよね。

 普通の服装……普通の服装って何だ? 高校生になってからジャージか制服かワンピースしか着てない気がするんだけど。

 クローゼットを開いて考えたら、意外に普通の服がいろいろあったわ。


 デニムのハーフパンツにTシャツというありきたりな服装で、いつものアイテムバッグの代わりにワンショルダーのバッグにタオルと1Lの水筒を入れた。

 アイテムバッグはママが買い物するから置いて行けって言うし、見た目がアレだからカジュアルな服に致命的に似合わないんだよね。


 アイテムバッグをエコバッグ代わりにしてるうちってなんなんだろうなと思いつつ、倉橋くんとの待ち合わせの平塚駅へ。


「おはよー」

「おはよー」


 待ち合わせ通りに来た倉橋くんも、ジーンズにTシャツだ。凄く普通の格好。ひとつだけ違うのは、刀袋を背負ってるところかな。


「平塚駅で待ち合わせして悪いんだけどさー。うちの道場、相模川の側だから」

「半分くらい戻るじゃん!」

「半分は言い過ぎだろー。2/5くらいだよ」

「近くにバス停とかなかったの?」

「あ、いつもは家から走ってたから気にしてなかった」


 むむう……冒険者科脳だなあ。しかも、言いながら軽くだけど走り出してるし。

 私は倉橋くんの少し後ろを走りながら、「そういえば『デート』って言われないなあ」と思っていた。


 平塚駅から走ること10分ほど。私たちにとっては軽いジョギングだね。

 相模川の周りには工業地帯があるんだけど、その端っこの方に蔵っぽい物が建っている。


「あそこ、うちの道場。笠間かさま自顕流じげんりゆう湘真館しようしんかん

「え、蔵?」

「うん、蔵」


 冗談かな? と思ったけど、倉橋くんは実に爽やかな笑顔で、嘘をついてる顔でも冗談を言ってる顔でもなかった。

 何故に蔵ぁー?



 ――私の疑問は、道場に近付くにつれてなんとなく解決していった。

 漏れてるんだよね、声が。

 エエーーーーーーイ!! とかイアアアア!! とかの声。

 蔵を閉じてるのにこれ!? と思ったけどよく見たら外にエアコンの室外機があったから、空調から漏れてるのかぁ……。


「声、凄いね」

「だろー? ちょっと前まで示現流の道場は鹿児島にしかなかったんだって。東京にあった支部が撤退した理由は、周囲からの騒音のクレームらしい」

「ひ、ひええええ……」


 だから、河原ギリギリのところに建ってるのか! この蔵は!


「おはようございまーす」

「おー、倉橋~。待ってたぞー。女の子連れてくるって言ってたから」


 蔵の重たい戸を開けると、中では5人ほどが例の棒を振るっていた。

 その中の20代後半に見える男性が、にこやかに倉橋くんに近付いてくる。

 女の子連れてくるって……雑な紹介してるなあ。


「連れてきましたよ。はい、うちのクラスの刀仲間のゆ~かです」

「ゆ~か!?」

「ホントだ! ゆ~かじゃん!!」


 倉橋くんの後ろにいた私は、さっくりと前に押し出されていた。柳川柚香じゃなくてOネームのゆ~かの方で紹介されたから、その場の全員が一気に私のところに集まってくる!


「こ、こんにちは。倉橋くんのクラスメイトの……えーと、柳川です」

「ゆ~かだよね?」

「本人だよね!?」


 歳上だけど10代とおぼしき男女の、目をきらきらさせて尋ねてくる圧が凄ぉい……。


「Oネームはゆ~かです。あの名前は配信の時だけなので、学校とかでは本名の柳川柚香で」


 私は笑顔で「柳川です」と説明しながら、倉橋くんの足を思いっきり踏んでおいた。



「副館長の立石だ。ここの師範をしてる。よろしくなー」


 倉橋くんは柔軟に入ってしまって、私は副館長から説明を受けることになった。

 周囲をざっと見回すと、その場であの重たい木でしかない木刀を振ってる人たちは、みんな胴着とかではなくて平服だ。


「ざっとうちの流派の説明をしようか」


 立石さんが紙とペンを持ちながら、奥の小さなテーブルセットに私を招く。


「示現流って聞いたことあるかな?」

「チェストー! って思いっきり脳天割ろうとするやつですよね?」

「そうそう、それ。でも実際はチェストは言わないなー。今聞こえてるみたいな気合いの声なんだ」


 立石さんは説明しながら、紙に「示現流」と書いた。


「示現流は薩摩藩の内部でのみ伝授されて、外に伝えることを禁じられた御留おとめ流なんだけど、薩摩藩の外に示現流を自称する剣術の流派がいくつかあった。それとは別に自顕流というのが示現流の源流に当たって、これは笠間で興ったわけだな」


 今度は紙に「自顕流」というのが書き足される。

 自顕流と示現流……読みは同じなのに字が違うのか。ややこしいな。


「示現流も自顕流も、源流は同じ訳なんだ。で、とにかく実用一辺倒。稽古着を着るとか、うちはそういうのないから。いついかなる時も、実戦と同じ環境で訓練をすること。それがモットー」

「ああ、だから平服で、って指定が」


 胴着とかより、ジーンズの方が足回りは圧倒的に動きにくいもんね。


「薬丸自顕流も示現流も、前は本当に鹿児島県内しか道場がなかった。笠間自顕流としてそこから派生したうちの流派が県外に道場を建てるようになったのは、ダンジョンが発生して『今こそ「二の太刀要らず」と言われる自顕流が必要なとき』と館長が考えたからなんだ」


 猿叫と共に地面から生えてるぶっとい丸太に木刀を打ち付ける倉橋くんを、私はちらりと横目で見てみた。

 ――丸太、明らかに半分くらいまですり減ってるんですけど!!

 木刀で打ち続けてここまで減るもんなの!?


「とはいえ、示現流は当然ながら対人剣だ。うちがちょっとだけ違うのは、対人じゃなくて対モンスターを想定してるところくらいだな。……だから、猿叫も控えろって言ってるんだけど、みんな癖になってて」

「倉橋くんも合宿の時に漏れてました」

「うん、アレやるとモンスに気づかれるから良くないんだよなあ。道場の場所も限られちゃうし」


 苦労してます、という顔で立石さんは苦笑した。


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