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第229話 次の目標

 とりあえず、配信には映らなかった撫子なでしこについての説明をパパとママにして、私がマナ溜まりの中で前世の記憶を取り戻したことを話した。

 マナ溜まりがアカシックレコードにアクセスできる場所であることや、ダンジョンが神様たちの計画によって作られた場所であることも。


弟橘媛おとたちばなひめ……柚香の前世が、弟橘媛?」


 ママがすっごい驚いてる。「あの」ってめちゃくちゃ強調されたなあ。


「茂原のお祖父ちゃんの家の近くに、大きい神社があったの覚えてる?」


 おおう、唐突な話の振り。ていうか、そうか、茂原か。弟橘媛死後の小碓王おうすのみこの進路上にあったね。


「うん、寒川神社みたいに大きくはないけど、それなりに立派な神社だよね」

「寒川神社と比べちゃ駄目。あそこは相模国一の宮で、橘樹たちばな神社は上総国二の宮だからね。橘樹神社はね、名前からも繋がりがわかると思うけど弟橘媛が入水してから7日後に流れついた櫛を日本武尊が埋めてお墓にしたところなの。そこは入れないんだけど大切に守られてて、弟橘媛の櫛を入水した妻の代わりにして、こんなお墓を作った日本武尊やまとたけるのみことはきっと凄く弟橘媛の事を愛してたんだなあって思ったりしたものよ」

「うわっ、詳しい! ママ、ウィキなの!?」


 思わず車の中でバス屋さんが叫んだことと似たような事を叫んじゃったよね。ママは私を一瞥するとフンと鼻を鳴らす。


「地元にそんな神話の超有名人絡みの伝承が残ってたら、調べるし覚えるわよ!」

「颯姫さんと同じ事言ってるーー」

「こっちは入水した側が地元ですから。弟橘媛のレリーフもあったりするけど、近代では夫のために犠牲になった貞女の鑑みたいな扱いをされてる部分がありますよ」

「ユズと結びつかないわー」

「彩花ちゃんと日本武尊も大概結びつかないから大丈夫だよ」

「――とりあえず、マナ溜まりの件について話しましょう」


 思わず地元の神話伝承で盛り上がっちゃった颯姫さんとママを、タイムさんが冷静に引き戻した。


「ゆ~かちゃんがマナ溜まりに落ちたこと、そこから無事に生還したことは配信されちゃったのでごまかしようがありません。帰路でも話しましたけど、マナ溜まりの真実については、一切どこにも公表しない方がいいでしょう。もちろん、冒険者協会にも」

「僕もそうするべきだと思います。その上で柚香ちゃんは、マナ溜まりに落ちたときのことを聞かれても全部一貫して『覚えてない』とか言ってごまかすべきです。……なんで他の人は廃人になったのに無事だったのかと聞かれたら、ヤマトの姿が一時的に変わってたことを利用して、ヤマトに助けられたからじゃないかとか責任を転嫁していいと思う。ヤマトはあの姿が変わっていた時はしゃべったけど、今の姿に戻ってからは今まで通りまともに意思疎通もできないし」


 タイムさんも聖弥くんも、車の中でどうしたらベストなのかずっと考えてたんだろうなあ。さすが腹黒四天王。


「うん、ヤマトが助けてくれたからじゃない? ってごまかすのが無難な気がする。ヤマトの方がはっきりとマナ溜まりに触れた影響が出てたんだし、ヤマトに訊こうと思っても話が通じるわけはないし、『じゃあもう1回ヤマトをマナ溜まりに放り込みましょう』なんてなってもヤマトなら抵抗できるし」


 私たちの視線が、私の隣で後ろ足を伸ばして寝そべってるヤマトに集中する。ヤマトはいつも通り、敢えて言うならちょっと眠そう。さすがに疲れたんだろうね。


「私は賛成」

「私もです」


 ママと颯姫さんが頷いたことで、マナ溜まりに関する対応は決まった。次に挙手したのは蓮だ。


「俺は、正直柚香にこれ以上ダンジョンに潜って欲しくないです。……でも柚香は、あの撫子って子にやられたままなのは悔しいって言います。その言い分、確かに柚香らしいと思うし、俺たちは撫子がダンジョン以外では出てこないって前提で話をしてるけど、それが崩れたら根本から前提がひっくり返って安全が確保できなくなる。

 だから、どうもヤマトの下にいる神霊っぽいけど、あれを排除してしまうのが一番安心できると考え直しました」

「ボクもそれには賛成。ボクがダンジョンに潜り始めてから撫子はボクのことにすぐ気づいて手足の様に働いてくれたけど、あれはもうボクが制御できるモノじゃないよ。まして攻撃も効かないとなるとこっちに優位性は全くなし。で、五十嵐先輩が『撫子に効果のある武器を作ったら』って案を出してくれました」

「彩花ちゃんの武器って……まさかと思うけど日本武尊繋がりだったら草薙剣?」


 ママが熱視線を彩花ちゃんに送っている。やや引きながらも彩花ちゃんはそれに頷いた。


「後で見せてね!」

「はーい。で、そもそもヤマトは神の使いで純粋な神様じゃなくて、撫子は更にその下の使い女なんだけど、どうもダンジョンではすっごい大雑把な基準で神様判定されてるんじゃないかと思うんだよね。あ、ちなみにダンジョンハウスの店員さんたちは魂のないアンドロイドみたいなもんだよ」

「つまり、神を殺す武器が必要、と」


 ママがソファの背にもたれかかり、腕を組んで考え込んだ。


「より万全を期すなら、『日本神話に於いて神を殺した武器』ですね。苦労して作って管轄違いとか言われたらたまりませんし。……で、僕は日本神話にはほとんど詳しくないから、武器の話はお手上げ。藤さん、後はお願い」


 慎重なタイムさんの発言に、颯姫さんは頷いて後を引き継ぐ。


「任せて……って言いたいところだけど、私もざっくりとしか知らないんだよね。というか、日本神話に神殺しのエピソードって何があったっけ?」

「武器が効かないって大問題ね……そりゃユズの村雨丸も彩花ちゃんの草薙剣も『神を斬った』武器じゃないから通用しなかったことは理由として十分考えられるわ。逸話がなければ、属性は付かないんじゃない?」


 ママと颯姫さんが真顔で考え込んでいる。あんまり神話に詳しくない私はちょっと驚いてしまった。


「え、草薙剣ってすっごい有名だけど、そういう逸話はないの?」

「ないない。そもそも草薙剣で斬ったと言われてるのは草くらいよ。戦いに使った記述がなかったはず」

「……小碓王、普通にあれ使って戦ってたけどなあ」

「でも少なくとも記紀神話の中で草薙剣が神殺しをした記述はないわ。そこはさすがに覚えてる。神を斬った剣といったら……うーん、パッと思い出せるのはイザナギがイザナミの死の原因になったカグツチを斬り殺した剣かしら。たしか十拳剣とつかのつるぎだけど名前はなんて言ったか……」


 お、おお……武器マニアもここまでくると本当に畏怖の念を抱くね!

 武器に絡めて神話を覚えてるのか、ママの場合は。

 私が慄いていると、ママは手元のスマホを素早く操作して目当ての情報に辿り着いた様だった。


「あ、あったあった。天之尾羽張あめのおはばりね。剣でありながら神でもある。でも剣としてはここで出てくる以外これといった出番はないみたい。日本神話ってこんなのばっかりよねー。割と殺した殺されたの話が多いけど、『何を使って』って書いてないの」

「古事記には書いてあるけど日本書紀には書いてないとかもありますしね」


 ママと颯姫さんについて行けず、他の人間は黙り込むばかり。


「それじゃあ、当面の目標は天之尾羽張を作ること! ユズはそれができるまでダンジョンの出入り禁止。こういうことでいいかしら」


 蓮はほっとしたようにママの言葉に頷いたけど……え? 天之尾羽張を作るとか、さらっと無茶難題言ってません?


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