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第240話 アイリの恋愛事情

「私たち、ちょっと今のうちにお手洗い行ってくる」

「あ、そうだねー」


 今蓮の近くにいるのはまずいから、あいちゃんの腕を引っ張ってその場を離脱し、これまた列ができてる近くのトイレに並ぶ。幸いそんなに待つことはなく、出てから手を洗っているところにちょうどあいちゃんが並んできた。


「あー、楽しい! 男の子と遊園地なんて初めてだからどうかと思ったけど、聖弥くんが気を遣ってくれるタイプで良かったよー」


 うん……そりゃ気を遣うよね。そもそも「この4人で遊園地」って言い出したのも、そういう話になった切っ掛けの蓮の交際発言についての相談にあいちゃんを巻き込んだのも聖弥くんだもん。


 ……この状況、何年も本当に続きそうだなあ。あいちゃんの中では、男子への好感度パラメーターは凄まじく上がりにくい仕様になってるんだよ。マイナスに食い込む例は稀だけどもさ。


「あいちゃんはさ、聖弥くんのことどう思ってるの?」


 リップ塗り直しながら、それとなく聞いてみた。隣の鏡の中のあいちゃんはきょとんとしている。


「聖弥くん? 蓮くんの相方だから、ゆーちゃんの相方的な立ち位置の私とも自然と絡みがちになるんだなーって。嫌な奴じゃないからいいけどね」


 ホラキタ! これだよ! 私は「はぁぁぁぁ……」と肺の中の空気を全部溜息にして出し切ってしまった。


「あいちゃん……聖弥くんはさ、あいちゃんのことが好きなんだよ」


 ここで私から打ち明けるのは反則の気がしたけど、由井聖弥はああいう性格だから普通の方法で行ったら時間が掛かりすぎる! 相手が悪い! 搦め手で行こうとする腹黒の天敵は鈍い奴だよ!


「は? 聖弥くんが私を? またまた~」


 自分もリップ塗り直しながら、さらりとあいちゃんがスルーする。うう、聖弥くんの気持ちになってきた。へこたれそう。


「本当だってば。思い出してよ、なんで遊園地に来ることになったのかを」

「蓮くんの誕生日だからでしょ? 3人だとアトラクション的にあぶれた人がきついってさっき話してたじゃん」

「ちがーう! 文化祭の後ファミレスで交際宣言の相談したときに、聖弥くんが『全部終わったら4人で遊園地でも行こう』って言ったからだよ!」

「あー、そういえばそんなこと言ってたっけ」

「で、その時の相談に『ourtuberとしての意見が欲しい』ってあいちゃんを呼んだのは誰? 聖弥くんだよね。聖弥くんは事あるごとにあいちゃんと一緒に行動するように仕組んでるの」


 あいちゃんはリップを塗り直してた手をピタリと止めた。ギクシャクとした動きでポーチの中にリップをしまうと、強ばった表情で考え込み始める。


「そ、そういえば最近実技でも聖弥くんと組むことが多いかも……でもさ、夏合宿の時に私思いっきり聖弥くんのことぶっ叩いたじゃん! 普通そういう相手のこと好きになる?」

「そこで好きになっちゃったのが聖弥くんなんだよ。文化祭の時だってメイク教えてとか、やたらあいちゃんの側にいたじゃん。ぶっ叩かれて嫌いになったら、そんな距離に近付こうとする?」

「あ、あ、あ……」


 あいちゃんがテンパりだした。多分今あいちゃんの脳内では、夏合宿以降の聖弥くんの行動が精査されてるんだと思う。それで、私の言ったことが本当かどうか判断しようとしてるんだね。


「聖弥くんが……私のことを好き? 嘘ぉ……そんなことって、ある?」


 掠れた声で呟いたあいちゃんは耳まで真っ赤になって、これまた一瞬にして真っ赤になった頬を押さえてる。

 私は内心で高々とガッツポーズを決めていた。


 化粧台占拠してるのも悪いので、私は真っ赤になって下を向いてしまったあいちゃんの手を引いてトイレを出た。蓮と聖弥くんが休んでるベンチに近付くにつれて、あいちゃんが急に抵抗をし始めた。往生際が悪い!


「ま、まってゆーちゃん。すっごい気まずい……私、どんな顔してたらいいの?」


 あいちゃんを力尽くで連れてくこともできたけど、立ち止まってその様子を私は見てみた。

 顔は真っ赤だし、目は潤んでるし……なーんだ、恋する乙女の顔じゃん。

 そっか、あいちゃんって聖弥くんみたいな好意の向け方に慣れてなさ過ぎて、自覚した途端にズドンと落ちちゃったんだな!?


 これ以上あいちゃんを引きずっていくとギャグ展開になると直感した私は、聖弥くんの方をこっちに呼ぶことにした。


「聖弥くん! ちょっと来て!」


 あいちゃんが私にがっしり掴まれてるのを見たからだろう。聖弥くんが凄い勢いで飛んでくる。それで真っ赤になってるあいちゃんを見て、物凄く驚いていた。


「アイリちゃん大丈夫!? 熱っぽい? どうしよう、医務室行く?」


 おろおろとあいちゃんの事を心配する聖弥くん。いいぞいいぞもっとやれ。


「……違くて」


 聖弥くんの様子は自分を心配してるからだって嫌でもわかるよね。あいちゃんは震えながらいつもと全然違う様子で聖弥くんを見つめた。

 不安そうな、今にも泣き出しそうな目。聖弥くんがその表情を見てハッとしている。


「ゆーちゃんが言ってたんだけど、聖弥くん、私のことを好きって本当?」


 ちらりと聖弥くんが私を見たけど、「さっさと告れよ」と無言の圧で返す。

 聖弥くんは私が離したあいちゃんの手を、そっと握った。――それにあいちゃんは抵抗しない。


「うん、本当。僕はアイリちゃんのことが好きです。……参ったな、こんなタイミングでアイリちゃんに訊かれるつもりなかったんだけど」

「夏合宿でぶっ叩いたりしたのに?」

「切っ掛けはむしろそれだよ。アイリちゃんは、僕のことを本気で心配してくれた。自分が嫌われるようなことしても、正しい方に導こうとしてくれた。恋に落ちるって言うけど、本当に僕はその時落ちたんだよ。その時からずっと、アイリちゃんが好きなんだ」


 ふたりの周囲はちょっと空白になってて、突如始まった告白ショーを他の人たちが見守っている。復活したらしい蓮も、いつの間にか私の隣に来ていた。


「柚香、アイリに言ったのか」

「うん、あいちゃん鈍すぎて、どうも自分が男子から好かれるって事態を想定してなかったっぽいからさ。かれんちゃんにもせっつかれたし、なんか手助けしないとこのまま何年も平行線のまま行きそうで、さすがに聖弥くんが可哀想になって」


 小声で話し合う私たちの側で、手を取り合った聖弥くんとあいちゃんが見つめ合っている。


「その、私鈍くていろいろごめん。ダンジョンでヘビを素手で床に叩きつけるような人間だけど、本当にこんな私でいいの?」

「うん、ourtubeの中の猫を被ってるアイリちゃんも、飾らない素のアイリちゃんも、どっちも好きだよ。僕と付き合ってくれますか」

「……はい」


 あいちゃんが答えた瞬間、周りから盛大に拍手が沸き起こった。全然知らない人たちが、「おめでとう!」とか叫んでる。

 さらっとそれに混じって、私も拍手しながら「おめでとうー!」と思い切り言った。

 大事な友達と幼稚園からの幼馴染みの親友が無事にくっついたんだもん。めでたいしか言うことないよね!


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