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第246話 好事魔多し

 新宿ダンジョンに電波入らない? その話昨日遊園地で話題になったよね?

 神様たちが「最近の人間は電波入らないと不便だろう」って、ダンジョンは深部でも電波通じるようになってるって。


 寧々ちゃんが行ってたダンジョンが新宿ダンジョンだっていうのも今知ったんだけど、新宿ダンジョンは電波が入らないってちょっと異様な話だ。

 神様の設計から外れた、「異様に経験値だけが入るダンジョン」それって……。


「柚香、ほうじ茶とミルクティーと緑茶どれがいい?」

「ひゃっ!?」


 思考に沈んでいた私は、突然掛けられた蓮の声にびっくりしてしまった。妙に驚いてる私を見て蓮は怪訝そうだ。


「え、えーとね、ほうじ茶がいい」

「じゃあ俺緑茶。このミルクティーはアイテムバッグに入れといて。で、なんでそんなに驚いてたんだ?」


 ベンチで私の隣に座った蓮が、ペットボトルのキャップを外しながら尋ねてくる。


「ちょうど寧々ちゃんからメッセ入ってさ、レベリング終わったからこれからライトさんが車でうちに連れてきてくれるんだって。でね、寧々ちゃんが行ってたのは新宿ダンジョンだったそうなんだけど、電波が入らないから連絡できなかったって言われてさ」


 そこまでしゃべって私がお茶を一口飲むと、蓮もはっとした顔をしていた。


「ダンジョンって、電波が繋がるようになってるんだよな?」

「……うん。だから、新宿ダンジョンおかしいなって思ってたところだった」

「アカシックレコードに接続すればわかるんじゃねえ?」

「やだよ、あれすっごい疲れるんだもん。というか、颯姫さんが何か知ってるんじゃないかと思う。新宿ダンジョンって『ドロップのない特殊ダンジョン』って言われてるのは知ってたけど、すっごい経験値の入り方がいいとか、そういうのは噂になってないじゃん? でも、ライトニング・グロウはそこを活用してるんだよね。何か、他の人たちが知らない情報を持ってるんだと思う」

「それもそうだな。えーと、新宿から柚香ん家まで車でどのくらい掛かるんだ? AI予想だと2時間か。……思ったより時間ねーじゃん」


 蓮がスンっと真顔になった。うん、私もちょっと驚いたよね。寧々ちゃんに悪気はゼロなんだけど、デートもゆっくりできない!


「と、とりあえずお弁当食べよ! 日曜日だから思ったより道路混むかもしれないしさ! お弁当食べてドッグランでちょっと遊ぶ時間はあるよ!」


 アイテムバッグの中からお弁当をだして、蓮と私の間におかずを詰めたお弁当箱と、お握りを詰めた容れ物を並べる。箸を一膳蓮に渡すと、彼はお弁当箱の蓋を開けて「おおおー」とちょっと大げさに驚いていた。


「それもそうだな。うまそう! いただきまーす! ……うわ、玉子焼きうまい! うちの玉子焼き塩味でさー。たまに買った弁当とかに入ってる甘めのだし巻き玉子好きなんだよ。柚香の玉子焼きいいな、優しい味がする」


 クールキャラ目指してる蓮が、下がり眉になりながら玉子焼きでじーんとしている。

 あんまりいろんな種類の物は作れないんだけどさ、ママの作る料理が美味しいから私は舌は肥えてるんだよね。だから、味には割と自信がある。

 でも蓮はすっごい褒めてくれるから、嬉しいし照れちゃうね。


「えへへへへ」

「あー、唐揚げもうまい。てか、柚香の味付け絶妙だな、天才? 濃すぎもせず薄すぎもせず。え、何だこのお握り、うまっ!」

「蓮、落ち着いて食べなよ。お弁当逃げないから」


 何か一品食べる度に蓮が感動しまくってるから、ヤマトがよだれ垂らしそうな顔で蓮を見上げてるよ。人間が食べてる時に同じ物あげちゃうと癖になるからあげないけどね。


「ヤマトにはおやつあげるね」


 お皿に液体タイプのおやつを出してヤマトに上げる。ヤマトがそれを夢中になってる間に私もお弁当を食べた。うん、いつもの落ち着く味だあ。


「ご飯に出汁入れて炊いてさー、それをお握りにしたんだ。出汁炊きお握り美味しいよね」


 蓮が出汁炊きお握りをうまいうまいってパクパク食べてるので、安永家ではこれはないんだなあ、と思ったり。涼子さんの料理も美味しいと思うけど、確かにうちとは系統が違うんだよね。


「胃袋を掴まれるってこういうことか……俺マジで、将来柚香と結婚したい」

「展開が早い! 私今プロポーズされたの!?」

「だってさー。味が好みすぎて……このしめじと小松菜? これもうまい。ここで和風持ってくるところに料理力を感じる」


 最後の一個の唐揚げを食べつつ蓮がしみじみしてる。あれ!? もう唐揚げなくなった? 私一個しか食べてない気がする!


「でも現状、これが私が作れる精一杯だから」

「今これだけ作れれば凄いと思うけどな。俺から見たら、柚香って聖弥とは違う意味で欠点なさ過ぎて凄いと思う」

「そ、そんなことはないと思うけど。蓮みたいにひとつのことを突き詰められるのも凄いと思うよ」


 私は化学とか赤点ギリギリだったりするし、英語苦手だったりするしさ。私より蓮の方ができることとかも、結構あるんだけどなあ。


「多分蓮の目はフィルターが掛かってるよ」

「いいじゃん。自分の彼女が悪く見えるより良く見える方が」


 そんなことを言って、お握りを包んでたラップを丸めつつ、蓮は無邪気に笑った。

 あー……多分蓮のこういう笑顔、私しか見られないんだよね。

 舞台に上がるようになったら状況は変わってくるけど、少なくとも今は。それにしても顔がいいなあ!


「……今、『顔がいい』とか思ってただろ」

「えっ、バレた?」

「柚香から見てさ、俺の一番好きなところってどこ?」


 こんなことをベンチで話せるのも、今日が薄曇りで公園でお弁用食べようなんて酔狂な人がいないおかげだよね。

 蓮の好きなところは、凄い一生懸命なところ。「何が何でも夢を掴むぞ」って、私から見たらユズーズブートキャンプより厳しいママの特訓に食らい付いてるのは本当に凄いと思う。


 でも、それをそのまま言うのは恥ずかしいから、ここは笑顔でこう言っておこう。


「もちろん、国宝級の顔!」


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