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第250話 決戦の前に重大配信です

 月曜日に学校に行って、私は教室の入り口で固まった。

 女子がいる。

 あ、いや、元々女子だよ。彩花ちゃんは女子だよ。


 でも彩花ちゃんって、美人だし巨乳なのにどこか男らしいというか、腕の筋肉とかむちっとしてたし、髪の毛は伸ばしっぱなしで無造作に束ねて流してたりして、「漢!」感があったんだよね。お刀男子の孫六兼元になんか似てたし。


 その彩花ちゃんが。

 長かった髪をバッサリ切っていた……。

 顎より少し下のラインで髪がサラサラと揺れて、見た目だけなら完全に美少女になってて、男子もなんか落ち着かない様子で彩花ちゃんをチラチラと見ている。


「ああああ彩花ちゃん、どういった心境の変化? って、こういった心境の変化だよねえええ?」

「おはようゆずっち。うん、いろんなことにけりを付けるために気合い入れた。……ゆずっちとヤマトにもう絶対手出しさせないために、あの剣で撫子を殺す。それが私の決意」


 あ……また「私」って言った。訊いてもいいのかな、そのことについて。

 私はバッグの中身を机に入れると、彩花ちゃんの腕を掴んで教室の隅へ連れて行く。


「あのさ……彩花ちゃん、ずっと『ボク』って言ってたじゃん? 最近時々『私』になってるの自分で気づいてる?」

「えっ? うわ、気づいてなかった……多分だけど、今世で再会して記憶を取り戻してもゆずっちはボクとは結ばれなかったじゃん? 小碓が諦めたっていうか、人格の中で影響が減ってきてるんじゃないかな。撫子への殺意はバリバリだけどね!」


 拳を握りしめて殺意全開にする彩花ちゃん……駄目じゃん、その覇気でクラスメイトが怯えてますし。


「彩花ちゃんはさ、やっぱり基本的には女の子なの?」

「基本も何も女だけど? 小学校の時とか好きな男子がいたりしたしねー。でも、中学でゆずっちに出会った瞬間から、小碓の意識の方が一気に前に出て来ちゃったんだよね。それまでも女の子の彩花としての生活に影響ない程度には出てたんだけど」

「そっか……」


 彩花ちゃんにも好きな男子とかがいたことがあるんだなあ。それを聞いてなんか安心したよ。


「彩花ちゃん、ずーっと仲良しでいようね!」


 彩花ちゃんの腕に抱きついて甘えたら、「ぐう」ってうめき声と共にぎゅって抱きしめられた。


「やっぱり好きぃぃぃ!!」


 朝から教室の中で大声で愛を叫ぶ彩花ちゃんに、周囲から「あーあ」という呆れを含んだ視線が投げかけられてくる。


「おい長谷部、人の彼女に何やってんだよ! 離せ! アクアフロウぶつけんぞ!」

「長谷部様、朝から修羅場とかやめてくれよ……教室が水浸しとか火の海とか嫌なんだよ!」

「安永に魔法を撃たせるな! 長谷部をはがせ!」


 私をぎゅうぎゅう抱きしめる彩花ちゃんは、青筋立てた蓮と勇気ある3人の男子によって引き剥がされたのでありました……はぁ。

 小碓王の影響は「薄れた」であって、「消えた」じゃないんだね。油断したわ。


 聖弥くんとあいちゃんのこともSNSで知った勢がちらほらいて、その話で持ちきりになった。そもそも、あいちゃんがいつもより違和感感じるくらいおとなしいしね。


「あの平原に告る由井が凄い」

「しかも好きになった切っ掛けが『ぶっ叩かれたから』ってエピソードがぶっ飛んでる」

「いやー、あの裏ばっかり読んでる由井くんと付き合えるの、拳と共にド正論を繰り出せる平原さんくらいじゃない?」

「普通はそこで引くんだよな」


 みんな言いたい放題である……。まあ、私も同感だけどね。

 そして聖弥くんはめちゃくちゃご機嫌だ。SNSでの「爽やか王子イメージ作戦」は今のところうまく行ってるみたいだしね。


 蓮と私はいつも通り。夫婦漫才をしながら過ごしている。

 配信は土曜日の予定。そして、金曜日は終業式でそれを過ぎたら冬休みだ。

 冬休みに安心して遊んだりダンジョン行ったりできるように、みんなでけりをつけるんだ。


「うちの母親がさあ……」


 休み時間に蓮が私の前の宇野くんの席に後ろ向きに跨がって座り、私の机に突っ伏しながらぼやき始めた。


「昨日一日中柚香を嫁にしろって延々言っててさ……」

「でも涼子さんのアレは、『だってヤマトちゃんと暮らしたいんだもん』だよね」

「そうなんだよ。付き合い始めてから1ヶ月程度の俺たちに向かってそういう圧はやめて欲しいよな」

「でも昨日蓮もお弁当食べたときに『結婚したい』って言ったよ?」


 自分のことは棚に上げて涼子さんについて愚痴る蓮に「似たもの親子だ」と突きつけてやれば、蓮は顔を真っ赤にして机に突っ伏してしまった。


「それ忘れろ……いや、忘れられるのも嫌だな」


 自分で言ったことを瞬時に手のひら返しながら、蓮がうう、と呻く。


「……そうだ、配信の前にさ、ヤマトのこと告知しなくていいのか? ゆ~かのリスナーってヤマトの暴走目当てで見てるところがあるから、結構大事じゃねえ?」

「あ、逃げた。でもヤマトのことは確かに告知しないと駄目だよね。明日重大告知ありますって予告しとこう」


 スマホを取り出して、X‘sに「明日夜8時からゆ~かチャンネルで重大告知があります」と書き込むと、すぐにわらわらと期待と怯えのリプが付いていく。ていうか、今学生は休み時間だけどそれ以外の人は暇なの?



 そして火曜日の夜、私は自分の部屋で配信開始時刻を待っていた。

 私たちが夕食を食べてる頃に一旦ヤマトはおねむしちゃったので、今はぽやぽやのぐにゃぐにゃだよ。

 成犬になりきっていない体型のせいで、お腹いっぱいだとお腹がちょっとぽこっと出ててさ、それが可愛くて思わず顔を埋めてわしゃわしゃしちゃうんだよね。

 これするとヤマトに「やーん」って小さいお手々で顔を押し返されるんだけど。それもいとをかし。あ、しまった。配信で見せてあげれば良かったなあー。


 そうこうしている間に8時になったので、ヤマトを抱っこし直して配信を開始した。ourtubeと繋がった途端、「こんばんワンコー」と挨拶が流れていく。


「こんばんワンコー! 突然の配信に集まってくれてありがとうございます!」

『当日に告知しなかっただけで偉くなったぞ』

『大丈夫だ。前の日ならそれほど突然じゃない』

『このタイミングでの重大発表が怖すぎる……』


 た、確かに今までゲリラ配信だったり当日告知だったりいろいろしたもんね。

 気を取り直して、ぐんにゃりしたぬいぐるみみたいなヤマトをカメラに向けて見せびらかしてから本題に入る。


「今日の重大発表は、ヤマトについてのことです。結論から言うと、ヤマトはもう暴走しません! 多分!」

『なん……だと?』

『多分が付いてる時点でもう駄目だな』

『残念なお知らせだった……』

『暴走しないヤマトはヤマトじゃないんよ』

『なんで!? 暴走ドッグを返して!』


 むう! それが売りだって確かに私も知ってるけどさあ! でもちゃんとした理由があるんだから仕方ないじゃん! 私にとっては暴走されない方が助かるし。


「だって、ちゃんと理由があるんだもんー! ヤマトの種族って今まで【柴犬?】になってたでしょ? でもマナ溜まりに落ちたときの姿からいろいろ調べてくれた人がいて、ヤマトの本当の種族が判明しました。ヤマトの種族の真名は【大口真神】です」


 ヤマトのステータス画面を開いて、私は種族のところをカメラに向かって指で示した。そこは以前と違って、【大口真神】と表示されている。


『大口真神……って、オオカミのあれか』

『三峯神社で祀ってるやつだー』

『うち、お犬様のお札貼ってあるぞ』

『なんでおまえらそんなに詳しいんだ、初めて聞いたわ』


 コメントは納得勢と困惑勢に分かれてるね。納得勢にとっては、凄く受け入れやすい事実だったみたい。


「でね、真名を知った途端にヤマトとの間にパスが繋がったのを感じたんですよ。ダンジョンは行ってないんだけど、繋がり方が前と違うし日常生活でも更に言うことを聞くようになったの」

『つまり、【柴犬?】って誤表示されてたせいでゆ~かとのパスが完全に繋がってなかったって事?』


 お、核心を突いてきた人がいるね。うんうんと私はコメントを見て頷いた。


「実はヤマトが出てきた最初の配信、配信するときには既に私が『柴犬だ』って認識しちゃってたんですよね。もしかしたら、もうちょいニホンオオカミっぽい見た目だったのに、私の誤認で【柴犬?】になったかもしれなくて」

『つまり、いつものすっとこどっこいだと』

『なーんだ、ゆ~かのせいじゃん。安心したわ』

「なんで安心するの!? どうせすっとこどっこいですよ! んもー! とにかく、次の配信でいろいろ最近起きてたトラブルを解決させるつもりだけど、その前にみんなに伝えておかなきゃって思ったんです! 以上、重大発表終わり!」

『オイマテ! まだ5分も経ってないぞ!』

『さすがのゆ~かクオリティ……』

『もう少し話引っ張らないか? 遅刻してくる奴が不憫すぎる』


 確かにそれはそうかもしれないけど、言わなきゃいけないことは言ったんだよね。


「あ、じゃあ、この後今の告知を動画にとってX‘sにアップします。それでいいかな?」

『それならまあ』

『むしろ最初からそれで済んだ説』

『いや、重大告知をライブでやるワクワク感があるだろうが』


 相変わらずコメント欄は賑やかだなあ。見てると思わず笑いが漏れるよね。

 ネットを挟んで遠くにいる人たちとやりとりして、いろんな人が私の心配をしてくれて、動画を楽しみにしてくれて。


 私が配信で得た、宝物のひとつ。

 だから、撫子を倒して、元の生活を取り戻そう。私のために――みんなのために。

 私とパパとママと、サツキとメイとカンタとヤマト。みんなで一緒の家族だから、私はこの家族を守りたいよ。


 テイマーと従魔の繋がりは、どちらかの命が尽きるまで。

 改めて思うと、本当に重い関係だ。でも私はヤマトのマスターになったことを後悔したことなんかない。ヤマトがいたから蓮と聖弥くんに出会ったんだし、アポイタカラの詰まった隠し部屋を見つけられたんだし、村雨丸の持ち主になることもなかった。そう考えると、私の人生に与えた影響って物凄く大きくて。


 私の人生どころか、きっとクラフトのみんなとか滝山先輩とか、ヤマトはいろんな人の運命も大きく動かしたと思う。身近なところだと寧々ちゃんとかも強く影響を受けたひとりかな。


 私の大好きな、可愛いヤマト。唯一無二の相棒。暴走ドッグにへっぽこマスターとか言われたりすることもあったけど。

 まだちょっとぽやっとしてるヤマトの白いお腹に顔を埋めて、私はヤマトと一緒にいる幸せを噛みしめていた。

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