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第252話 撫子との決着、そして――

 第一層でこうして話をしているけど、事前にアカシックレコードで調べた結果、ダンジョンに関係するモンスターや神は2層以降じゃないと受肉も具現化もできないってことは確認済みだ。

 だからヤマトも2層にいたんだし、撫子だって2層以降でしか出てきたことはない。

 彼女の場合はヤマトのような実体を得ずに、神にカテゴライズされるものだけができる霊体での具現化をしてるようだ。


「この前ファンスレで特定の武器を狙い撃ちで作る方法を聞いたときは、たくさんの人が協力してくれました。どうもありがとう! おかげでこっちは準備万端です。配信には映らないけど、返り討ちにしてやんよ!」

「ワン!」


 そうだそうだ、というようにヤマトが吠えた。ヤマトは今日が決戦だとわかってるみたいで、いつもよりキリッとした顔をしてる。


 撫子は、神使の狼だったシロの使い女――つまり、人型をしてるけど精霊的な存在でシロの眷属のはず。その撫子を私たちは殺そうとしている。……ヤマトにとっては多分凄く残酷な結末なんだよね。


 それでも、私たちはそれを選ぶ。撫子がヤマト大事さに私に害意を向けてくる以上、ヤマトも私もそれを許容することは絶対にできないから。


「じゃあ、行こう。2層へ」


 事前に打ち合わせたとおり、私たちに先行してライトニング・グロウは2層に降りて散開してる。大山阿夫利ダンジョンは湿地エリアから始まるダンジョンで、2層に出るのはマッドゴーレムとデストードだ。

 ヤマトの特訓に来たときにLV上げで私は一度デストードと戦ってタイマンで倒してるけど、デストードは四肢に痺れ毒を持ってる厄介なモンスターだ。


 それにマッドゴーレムはHPとVITが凄く高くて、体表に纏った特殊な泥が物理攻撃をある程度吸収してしまうという嫌な特徴を持っている。私たちの場合、蓮と颯姫さんがいるから攻略的にはさほど問題はなかったりするけどね。


 私たちを映している自動追尾型スマホは、事前に彩花ちゃんをできるだけ画角に入れないように設定しておいた。カメラに映ってるのは、2層への階段を降りる私と蓮と聖弥くんの後ろ姿のはずだ。


 その階段を降りている時――。


「来ちゃダメーっ!」


 切羽詰まった颯姫さんの叫びが私たちの足を止めた。モンスターの咆吼や何か重そうな物がベチャりと潰れるような音が、途端に私たちの耳に飛び込んでくる。


 階段の最後の一段を降りずに立ち止まった私たちは、大量のモンスターと戦うライトニング・グロウの面々を見た。

 デストードに対してリーチを活かしてダメージを入れるバス屋さん、毒を纏った手の一撃をバックラーで受け止めてデストードの腕を切り落とすライトさん、矢継ぎ早にボウガンで壁際からふたりのバックアップをするタイムさん。

 そして、角材を振り回して近寄ってきたマッドゴーレムを吹っ飛ばし、スパークスフィアで物理攻撃が効きにくい敵をまとめて相手取る颯姫さん――。


「何が起きてるんですか!?」

「わからない! 僕たちが降りた途端に、フロア中のモンスターが連携して一気に襲いかかってきた!」


 聖弥くんの問いかけにタイムさんが騒音にかき消されないように叫ぶ。


「フロア中のモンスが連携して?」

「少なくとも俺たちもこんなの初めてだ! 姫、一旦下がってラピッドブースト!」

「それなら僕が掛けます! ラピッドブースト!」


 ライトさんは動きにくい湿地エリアでも無駄ない足さばきで着実に敵を屠っている。

 そして颯姫さんにラピッドブーストの指示を出したけど、颯姫さんを下がらせるのよりも自分が掛けた方がいいと判断した聖弥くんが颯姫さんに先んじてバフを掛けた。


「私は範囲魔法撃ちまくるから! 蓮くんも階段から範囲魔法でライトさんたちがいない方を狙って片付けて!」

「わかりました! アクアフロウ! ライトニング!」


 蓮が安全地帯である階段から攻撃を仕掛ける。ここならモンスは入ってこない。

 私はヤマトをモンスの群れに解き放つかどうか迷った。ここで私とヤマトが離れると、もしかすると撫子の思うつぼになるかもしれない。


 その迷いが、そもそも私たちの思い込みから生じた物だと気づいた時には後の祭り。

 目の前に突如現れた影が猫のようにするりと動いたかと思うと、私の腰の辺りに衝撃が走った。


「撫子! 貴様ぁぁあ!」


 一瞬遅れて激痛が私を襲った。視界が、傾ぐ。

 私には何もできない視界の中、彩花ちゃんが物凄い形相で階段に踏み込んできた撫子に斬り付けた。


 ああ、なんて間抜けだったんだろう、私たちは。

 モンスターはレア湧きじゃない限り階段を移動することはない。だから階段は安全。それが余りに常識過ぎて。


 ――撫子は知性があるしモンスターじゃないから安全地帯なんて意味がないということを、全く思いもしなかった……。


 袈裟懸けに斬り付けられながらも、撫子は私を刺した剣を引き抜く。とんでもない防御力を誇るはずのアポイタカラ・セットアップを貫通した攻撃は、私の全身から力を奪っていくようだった。

 剣が引き抜かれて血が飛沫しぶく。私の血と撫子の血が、周囲に赤い花を咲かせていた。


「初めから、そう、主様を傷つけてでも初めからこうしていればよかった……」


 撫子は最後の力を振り絞るかのように、再び鈍い金色に光る刃物を振るう――撫子に実体がなくて攻撃が効かないとわかっていながらも、彼女に向かって飛びかかったヤマトに向かって。


「キャン!!」


 自分の攻撃は効かず、逆に近寄ったことでヤマトが斬り付けられる。私はヤマト、と叫ぼうとしたけど声が出ない。おかしい、こんなに力が入らないなんて……。


「グレートヒール! グレートヒール!」


 蓮が私とヤマトのために連続して最上位の回復魔法を唱える。その間にも、彩花ちゃんはもう一度撫子を斬り付けた。そのまま剣を返すとまっすぐに撫子の体に突き立てる。

 確実に致命傷とわかるほど、霊体でありながらも彼女の体はズタズタに切り裂かれていた。


「我が、主……これで、断ち切れました」


 天之尾羽張は確かに神を殺す剣だった。撫子は体を切り裂かれ、貫かれ、口から血を吐き力なく倒れながらヤマトに向かって手を伸ばす。


皇子みこ様……私が滅んでも、私の勝ちです」


 血に染まった唇で、壮絶に撫子が笑う。そしてその手がヤマトに触れた途端、ヤマトの姿がその場から消え去った。


「や、ヤマト……?」


 傷は魔法で回復したはずなのに、私は未だ動けないでいた。聖弥くんが「蓮、グレートキュアを!」と指示を出し、蓮が即座にグレートキュアを唱える。それも私の体を縛る見えない戒めを解くことはできなかった。

 その間にも、撫子の体は足下からさらさらと崩れていく。


「撫子! ヤマトをどこにやった! 言え!」


 天之尾羽張を突きつけながら、彩花ちゃんが切羽詰まった口調で詰問する。けれど撫子は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、彩花ちゃんの問いに答えようとはしない。


「断ち切りました、今度こそ……その娘と、我が主の繋がりを。ふふ……ふふふ」


 カタン、と音がして鈍金にびきんの剣が落ちた。そして、撫子の体が崩れ去ると同時にそれも消え去る。


 後に残ったのは、倒れたままの私と、私を必死な顔で抱きかかえる蓮、そして呆然と立ち尽くす聖弥くんと唇を噛みしめすぎて血を流した彩花ちゃん。

 それと、モンスターの猛攻をしのぎきって私たちに駆け寄るライトニング・グロウの面々だった。



『ゆ~か!』

『生きてる!? 生きてるよね!?』

『ヤマトはどうした!? なんで消えた!?』

『グレートキュアで効かないなら不滅の指輪を使え! 一部の状態異常はあれしか効かない!』

『敵はどうなったんだ?』


 体に力が入らない私の視界の端で、コメントが物凄い勢いで流れていく。

 聖弥くんが自分の不滅の指輪を外して、私の指に急いで嵌めた。――それでようやく、なんとか体が動くようになる。


「ヤマトが……ヤマトが消えちゃった」


 蓮の助けを借りて起き上がりながら、私は呆然とヤマトがいた場所を見つめた。

 撫子は確かに倒した。でも、彼女の最期の言葉が気になる。それに、今までヤマトとの間に感じていた繋がりがぷっつりと切れているのが悪い予感を更に煽った。


「ゆ~かちゃん、ステータス画面! 従魔のステータス見れるでしょ!」


 颯姫さんの言葉でハッとして、私はスマホを取り出した。震える指でダンジョンアプリを起動して、そこに表示されたものに言葉を失う。


ゆ~か LV1

HP 38/38(+250)

MP 4/4(+170)

STR 6(+165)

VIT 9 (+150)

MAG 2(+95)

RST 2(+100)

DEX 4(+185)

AGI 8(+165)

装備 【村雨丸】【アポイタカラ・セットアップ】【オリハルコン・ヘッドギア】【毒無効の指輪】【不滅の指輪】


「どういう……こと?」


 私の喉からかろうじて出たのは、恐ろしく震えた声だった。

 ステータスの表示はLV1。こんなのは、あり得ない。

 そして、一番恐れていた事が私に突きつけられる。


 テイマーと書いてあったはずのジョブの項目はステータス画面からなくなっており、従魔の項目も消えていたのだった。

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