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第254話 あー、そういえばそうでしたー

 颯姫さんに促されて、タイムさんがひとつ頷いてから説明を始める。落ち着いたその様子は、自分の説に自信がある証拠に見えた。


「わかった。まずヤマトが生きてるという大前提から。撫子は再三、ゆ~かちゃんの従魔であることをやめるようにヤマトに要求していたと聞いたけど、これは間違ってないよね? だったら、彼女の目的はヤマトを殺すことじゃなくてこと。ここはいいかな?」


『主様を傷つけてでも初めからこうしていればよかった』――撫子は確かにそう言った。その声を思い出しながら私は頷く。


 それは彼女にはさっき私たちに向かってしたような、強制的にマスターと従魔の繋がりを断つような手段があったけど敢えてそれは使っていなかったことを示してる。

 なんで使わなかったか? 理由はヤマトを物理的に傷つけるのが嫌だったからだろう。私だって嫌だもん。撫子だって嫌だと思って当たり前だ。

 でもとうとうそれを使うに至ったのは、何度も説得に失敗したから。そこまで強攻策を使って嫌がるヤマトを無理矢理連れ帰っても、時間が経てば説得できると思ってたんだろう。


 タイムさんの言うとおりだ。撫子は「やむを得ず」ヤマトを傷つけたけど、殺すつもりは全くなかった。

 ヤマトを取り戻すことだけが目的だったから、実際私すら殺せていない。


「ヤマトは、生きてるんですね……」


 じわり、とまた私の目に涙が浮かぶ。今私の目の前にいなくても、ヤマトがどこかで生きているのは私の希望だ。

 私の問いかけにタイムさんと颯姫さんは揃って頷く。そして、言葉を繋いだのは颯姫さんだった。


「タイムさんが居場所も目星が付いてるって言った時はそんな馬鹿なって思ったけど、考えてみれば当たり前のことなの。ヤマトは元神霊だけど受肉したモンスターで、今はゆ~かちゃんというマスターとの繋がりがない。つまり、野良モンスって扱いになるでしょう?

 思い出して。『従魔以外はダンジョンの外に出られない』ってダンジョンの原則を。つまり」

「ヤマトは、どこかのダンジョンにいる!」


 私は思わず立ち上がって叫んだ。タイムさんと颯姫さんが真顔で頷いてくれる。

 そうだ、順序立てて考えればこの結論にしか達しないことはいつかわかったはず。

 すぐさま看破したタイムさんは純粋に凄いけど。


 そこへ、ジャストタイミングで私のスマホに着信が入った。慌てて取り上げてみたらママだ。……うっ、配信見てたよねえ。電話来るのも当たり前だよねえ。


「……はい」

『ユズ! 今すぐ戻ってきなさい!』


 心配掛けたのがわかるからしおらしい声で電話に出たら、鼓膜が破れるかっていう大音量でママの怒声が飛び込んできた。

 ひええええええ……これはさすがにもうダンジョン出入り禁止!? 普通の家ではダンジョンで何度も死にかけた娘を野放しにしてくれないよねぇぇぇぇぇ。


『ヤマトを取り戻すんでしょ!? 1から修行するわよ! パパにヘリ待機させておくから!』


 けれど、予想とは180度真逆の方向へ続いた言葉に、私は思わずぽかんと口を開けた。

 あ、そういえばうちの親って普通の親じゃなかったっけ……。


 スピーカーモードじゃなかったけど、ママの声が大きすぎて周り中に聞こえたらしい。

 ぐるっと周囲を見回すと、反応はみっつに分かれていた。


 はぁ!? マジですか!? って顔してるのが、蓮と彩花ちゃんとライトさん。

 薄笑いを浮かべてなんか悟り開いてる感じなのが、颯姫さんとタイムさんと聖弥くんの腹黒四天王。

 そして、「うひょー! そこに痺れる憧れるゥ!」って実際声に出して叫んだのがバス屋さんだ。


「アッ、ハイ……こっちでもヤマトはどっかのダンジョンで生きてるって結論になってね。はい……今すぐ帰ります……」


 ママの勢いに押されて完全に脱力した私は、素直に返事をすると電話を切った。



 特訓に連れて行かれるとわかっているから着替えなくてもいいかなと思ったけど、見たら脇腹の辺りが血塗れで酷いことになってた。蓮と彩花ちゃんが過剰に心配そうな視線を寄越してきてたのはこれか!


 撫子と一緒に消えちゃったから結局わからなかったけど、私を刺したあの剣はなんだったんだろうな。

 それこそ、私の手のひらよりちょっと大きいくらいの、白山吉光みたいな剣だった。そう考えると儀礼用かな。あまり実戦的ではないし、そもそも下級とはいえ神の持ち物ってことだから、何らかの力を持っててもおかしくない。


 ダンジョンハウスでボディペーパーを買って、更衣室でアポイタカラ・セットアップを脱いだときに体に残ってる血を拭き取った。

 うわー、女性という性別上、自分の血ってそこそこ見慣れてると思ってたんだけど、腰骨のちょい上辺りを刺されたからスカートにまで血が広がってて、思わず引くね。

 私は生物系志望で血を見るのには強い方だけど、人によってはこれ卒倒してるわ。


「体拭くから一度全部脱ぐ」

「背中の方とか手伝う? てか、もう痛かったりしない?」


 更衣室にいる彩花ちゃんに一言断ると、背中の方まで血が広がってることを指摘された。撫子ォ!


「傷自体は蓮の回復魔法で治ったから大丈夫だよ。背中お願いー。……アポイタカラ製なのに、穴が空いちゃったよ……」

「法月さんに頼めばそれは直せると思うけど。これを撫子が貫けるなんて正直私も予想外すぎたよ」


 傷があったとおぼしき位置に触れないように、彩花ちゃんがまだ乾いてない血を拭ってくれる。今日は大分「私」成分が強いみたいだ。


 ボディペーパーを何枚も使って血を拭き取ったけど、家に帰ったら一度お風呂に入りたいな……それくらいの時間的猶予はもらえるよね?


 着てきた服に着替えて、「さてこの血塗れの防具どうしましょうね」と悩んでいたら、颯姫さんがやってきて大きいジップパックと何かの液体が入った2Lペットボトルを差し出してくれた。


「はい、血が付いた服はこれに入れて。これ重曹水ね、血が落ちやすくなるからジップパックの中で漬け込んどいて」

「さすがだ……ありがとうございます」


 熟練の冒険者、用意してある物が半端ない。ライトさんが持ってるアイテムバッグの中身、ちょっと見てみたくなったよ。


 帰りの車の中では私はシートをリクライニングさせてうとうとしてたけど、他の人はそれぞれ行動していた。

 聖弥くんは私がとりあえず無傷って事と、LVがリセットされてしまったことを改めてX‘sに告知した。蓮は告知じゃなくて調べ物をしてたっぽい。


 タイムさんは7ちゃんねるのファンスレに「タイム@ライトニング・グロウ」というコテハンで書き込みをして、私たちに説明してくれたようにヤマトの生存が確実であることを伝え、冒険者の伝手がある人にはダンジョンに行った時にヤマトがいないかどうか確認してくれるよう頼んでくれたそうだ。


 みんながしゃべる声を聞きながら少しだけとろとろと眠り、家に着く直前で私は目を覚ました。


「あ、すっかり忘れてたけど、ゆ~かちゃん、アカシックレコードでヤマトの居場所ってわからない?」

「それがありましたね!?」


 いろいろなことが衝撃過ぎて、一番便利に使える物を使ってなかった!

 私は慌てて脳内で思考を切り替えてアカシックレコードに接続しようとし――できなかった。

 ……LV1に戻すくらいだもんね、何もかも断ち切っていったのか、撫子のあの剣は。


「アカシックレコード、接続できなくなりました……多分、ヤマトとの繋がりが切れたりLVが1に戻されたりしたのと同じ原理だと思います……」


 私は肩を落としたけど、颯姫さんは「そう」と軽く言っただけだった。あんまり期待してなかったのかな。


「人間が持つには危険で大きすぎる力だから、むしろ接続が切れて良かったとすら思うわ」

「そうですね……実際のところ私も持て余してましたし、これに関しては今回使えないことは腹立たしいけど、他のことを調べられないのは割とどうでもいいです」


 車がちょうど家に到着して、私たち高校生組と颯姫さんだけが車を降りた。

 どうも私が眠ってる間に颯姫さんとママの間でメッセージでやりとりがあったみたい。


「ただいま……」


 今朝、この玄関を出て行くときにはヤマトが一緒だった。その事実を思い出し、胸がぐっと重くなる。

 いつも玄関を出るとき、「今日はどこ行く? 楽しみ!」ってつぶらな黒い目で私を見上げていたヤマト。それが、本当に可愛かったんだ。

 いけない、気を抜くと泣き出しそうになる。ヤマトを必ず取り戻すって決心してるけど、今ヤマトがいないのはやっぱり寂しいよ。


「お帰り、ユズ。いろいろ言いたいことはあるだろうけど、時間が惜しいわ。まず準備よ。お風呂入って替えの防具に着替えてきなさい」

「え……ママ、その格好は!?」


 ママは玄関で私の帰りを待ってくれていた。――暗色の迷彩服に、腰には鞭という明らかに冒険者な装備に身を包んで。


「果穂さんのその格好、久々に見ました」


 颯姫さんがニヤリと笑う。えっ!? このふたりって鎌倉ダンジョンの時に知り合ったんじゃないの!?

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