「彩花ちゃんと聖弥くんはとりあえず今日は帰って休んでちょうだい。明日からユズの特訓に付き合ってもらうからそのつもりでね。ちょうど良く冬休みだし、親御さんには既に連絡して許可はもらってあるわ。あ、蓮くんはもうちょっと付き合ってちょうだい」
動きやすいようにか髪をアップにしたママは、聖弥くんと彩花ちゃんにもズバズバと指示を出す。
聖弥くんと彩花ちゃんが私を心配しながらも帰っていき、蓮と颯姫さんはリビングに向かった。私は玄関にママサイズの冒険者御用達ブランドのショートブーツが出してあるのに気づき、思わず問い詰めていた。
「ママ! 説明して!? まさか、冒険者だったの!? 前に違うって言ってたよね!?」
ママがダンジョンに行ってたなんて、そんな記憶私にはないよ! 確かに土日は家にいないことも多かったけど、それはママさんバレーをやってたせいだし、ゴスペルもやってたし。
冒険者をやってる暇なんて、本人が前にも言ってたけどあったとは思えない!
「3年前に引退したけどね。稼ぎすぎて他の同LV帯の冒険者のヘイト集めちゃって。だからずっと人が多い場所とか誰に見られるかわからない配信では、仮面で顔を隠してたのよ。というか、これだけは本当に不思議なんだけど、私はママさんバレーをやってるなんて嘘は一度もついたことないわよ? なんでそんな謎の思い込みをしてたの?」
「し・ら・ん・が・な!!」
それは幼稚園か小学校辺りの私じゃないとわからないよ!
「だいたい、注文住宅で地下に防音地下室がある家が持ち家ってことを疑問に思ったことなかったの? パパのお給料で建てられる家じゃないわよ」
呆れたようにママは言うけど、呆れてるのは私の方だよ! そうか、ママのお金で建てたからこんなマニアックな造りになってたんだ! よくパパもそれを許したっていうか……パパがママに甘いのは、ママの稼ぎで家をバーンと建てたせいか。納得!
「膨大な住宅ローンが私の代まで残ってるんだと思ってたよ!」
「……そういえば前にそんなこと心配してたわね。答えは簡単。私が荒稼ぎしてたのよ。いまでも貯金はざっと4億くらい? 老後にユズに面倒を掛けないよう、それにはできるだけ手を付けないようにしてたんだけどね。はい、いいからお風呂入ってきなさい!」
私の中で……なんかいろんなものがガラガラと崩れていった……。
ママに背中を押されて洗面所に向かい、のろのろと服を脱いでシャワーを浴びる。
慣れ親しんだ香りのボディソープで体を洗うと、なんだか今まで張り詰めていたものが急に緩んだ。
ぎゅっと手を握りしめる。ヤマト、と愛おしい名前を呼んで泣きたいけど、それはしない。私はそれを自分に許さない。
もう一度LVを上げて、世界中のダンジョンを回ってでもヤマトを見つけ出してみせるんだ。
心機一転するために頭の先から足の先まで洗って最後に気合い注入の水シャワーを浴び、私は浴室を出た。
「これは明日まで漬けておいてから洗って、出かけるときに法月さんとこに持って行きましょ。今の寧々ちゃんなら一瞬で修理してくれるはずよ」
重曹水に漬かった私の服を見て、ママが主婦っぽい判断を下す。
私はまだ混乱気味だ。日常と非日常が混じりすぎている。
「出かけるとき? 明日どこへ行くの?」
「新宿ダンジョンよ。
もう隠す必要もないと思ったのか、ママが親しげな呼び方で颯姫さんのことを語る。
「そうだ! 颯姫さんとママって前から知り合いだったの!?」
「そうよ、だって同じ時期にダンジョン潜ってたんだから、駆け出しの頃も知ってるし、何度も顔を合わせてたし。金沢くんを紹介したのもそもそも私だし……ああ、それ以前に、金沢くんの護衛をしてたのも、毛利さんとパーティーを組んでたのも私」
「毛利さんと!? じゃあ、じゃあアグさんのマスターさんと一緒に――」
「それは違います。アグさんのマスターは私よ」
ママがダンジョンアプリのステータス画面を私に突きつけてきた。
うわあ……LV58で私と同じ系統のファイター構成のステータスだ。私のステータスってママ似だったのか!
で、ジョブは確かにテイマーって書いてあるし、従魔の欄に「アグえもん」って出てる。それに登録名が【縺9⊇ψ溘s】になってる……これ、確かに見覚えあるわ。文字化けしてて怖っ! って思ったんだもんね。
「アグさんを鑑定されたときにマスターの素性がバレにくいように、引退するとき文字化け変換サイトを使って元の名前を文字化けさせたのよ。それに更に余計な文字も足してるから、元々アグさんが私の従魔だと知ってる人以外はマスターを知らないわ」
ドライヤーで私の髪を乾かしながら、温風に負けないでっかい声でママが説明をしてくれた。
ううううう……聞いてしまえばなるほどと思うけど、解せぬわ!
「……なんで、あそこにアグさんをひとりぼっちで置いてるの?」
普通にしゃべろうと思っていたのに、実際に私の口から出た声は自分が思っていたより遥かに恨みがましい響きをしていた。――ずっと思ってたんだよ。アグさんのマスターさんはアグさんを可愛がっていたって聞いてたけど、今のこの扱いは冷たいって。
「いくらなんでもドラゴンは家で飼えないわ。冒険者であることもユズには秘密にしてたし」
「そもそも、なんで私に秘密にする必要があったの?」
「私が凄く稼いでる人だって思われたくなかったの。お金がたくさんあると思う環境でユズを育てたくなかった。いろんなものが簡単に手に入るって思う子にしたくなかったからね。だから、専業主婦の振りをしながらダンジョンに潜ってたのよ」
鏡に映るママは、ママらしく微笑んでいた。
つまり、一見穏やかな腹黒スマイル!! これは騙されませんよ!?
……でも、私を「お金持ちの子」という環境で育てたくなかったというのはちょっとわかるかもしれない。
薄々「うちってなんか変だ」とは思ってたけど、私は周囲の友達と同じようにお小遣いをやりくりして、欲しいもののためにお金を貯めたりして、そうやって手に入れた物は余計大事に思えたり。多分それはキラキラとした思い出として私の中にあるから。
「でも、でも――アグさんに会いたくなかったの? アグさん、初めて会ったとき凄く私の匂い嗅いでた。ママの匂いを感じ取ったんだと思う。アグさんはママが恋しくないはずないよ」
「私だって会いたいわよ。ユズたちがアグさんのところで特訓してる間、あの山を駆け上がって会いに行きたくてたまらなかった。でも、一度会ったらもっと寂しくなるってわかってたから。だから、アグさんが好きなサンドイッチをたくさん持たせるくらいしか、私にはできなかったの」
あ。そうか……。
いろんな事が繋がった。初めてアグさんに会ったときにわざわざ余分に入ってたサンドイッチ、それにアグさんの好物のコーラグミは、私が小さい頃大好きでママもよく食べてた。
ママも、テイマーだ。しかも私のママだ。私と同じく動物が大好きで、野良猫見たらすぐ撫でに行ったりする人で。
そんなママが、従魔に愛を注いでないわけがないじゃない。
……そういえば、猫3姉弟とか飼い犬モードのヤマトがやたらママのいうことは聞くなと思ってたけど、あれは「ご飯をくれる人だから」って理由じゃなくてママがテイマーだったからか! 解した!
「それより、私はテイマーになりたいってずっと言ってたのに、なんでテイマーについて教えてくれなかったの!? テイムの方法とか、ヤマトは勝手にテイムされちゃったから寧々ちゃんに聞かれたときに知らないことに気づいて愕然としたりしたんだよ?」
「ユズ、憶えておきなさい。親はね、自分の子に自分がしたのと同じ苦労は味わわせたくないの。だから勉強しなさいって言うし、役に立つと思った習い事もさせる。
だけど、全部全部教えてたらユズが本来持ってる成長する力を邪魔することにもなる。誰かに教えられてやることと、自分で苦労して気づいて身につけたことの尊さはその本人の中で桁違いよ。
私は、あれこれ好奇心で手を出すユズが、テイマーのことに関してはどんな勉強よりも真剣に向き合ってるのを見て、教えなくて良かったと思ってる。
あなたが、自分のその手で掴んできたことはどうだった? 大きかったでしょう?」
ママに言われて私はヤマトとの出会いからを振り返った。
全然効かなくて困ったコマンド、特訓中に偶然コマンドが効いたとき、「何か」が乗ってるんだと気づいたときの震えるような驚き。
村雨丸で魔力の特訓をしつづけたこと……。
今の私は、ジョブこそないけど一人前のテイマーだと胸を張って言える。
「うん、大きかったよ。……ありがとう、ママ」
「見守ってたのはパパもよ」
ドライヤーを止めながら、ママは普通に優しい顔で鏡越しに私に笑いかけた。
私のママは、伝説のテイマーは、私が普段思っているよりずっと大きい人だったんだ……。