目次
ブックマーク
応援する
11
コメント
シェア
通報

第258話 リスタート

 ヘリの中でママとアグさんの話を聞き終わったとき、私は頭痛を覚えて頭を押さえていた。

 いや気圧とかそういうことじゃなくて、「ママはママだなあ」っていうかさ……。

 テイムは気合いっていうけど、そういう問題じゃないっていうか。


 私自身も前世問題とか規格外の従魔問題で「比較対象にしちゃいけない人間」扱いされてるけど、前世は抜きにしてもこれは完全に血だよ。ママの影響。


「……それで、もうひとつの『引退しようと思った理由』ってなんなんです?」


 話を聞いてるだけで疲れきったっぽい蓮が、「一応訊いておきますが」くらいのテンションでママに尋ねる。その瞬間、ママの表情がガラッと変わった。目がキラキラしてて、胸の前で手を組んでて――あ、嫌な予感しかしない。


歩夢あゆむくんよ! 歩夢くんがブレイクする切っ掛けになったお刀ミュージカルに友達に誘われて行って、ドはまりしたの! もうダンジョン行ってるどころじゃなくなっちゃった!!」

「はぁー、なるほど、岡本歩夢くん…………そういえばお好きでしたもんね。果穂さんの性格でいったら、そっちに興味の比重が移った以上ダンジョンに潜る理由もないですしね」


 颯姫さんですら半眼になってるわ。私は呆れて声も出ない。

 凄いね、岡本歩夢くん。「歩く災害」を止めたんだ……自分でも知らないうちに。

 てか、「歩く災害」って凄い二つ名だなあ。そりゃあ、配信に映りそうなときには顔バレしないようにサンバ仮面被るしかなくなるわ。


 真相を知れば、さ。

 今までのママの不自然に思えた行動も納得いくよ。いくらスリッパの裏に滑り止め付けてたといっても、私が全力で押したときに完全に対抗してきたこととか。

 異様に冒険者界隈にも知り合いが多いところとか。

 ……ああー! 毛利さんが前にママのことを「趣味仲間」って言ってたのを思い出した! あれって「冒険者」って意味だったのか!


「そろそろヘリポートに着くよ」


 ぜーんぶ知ってて素知らぬ顔を貫き通してたパパが、いつもの調子で伝えてくる。

 そうか、老後資金だからママの稼ぎにはこれ以上手を付けられなくて、私の名義でヘリを買ったのか……。

 これも納得いったわ。


 到着した箱根のヘリポートからは、アイテムバッグに入れてきたうちの車をママが運転して移動。行き先は大涌谷ダンジョンだ。

 私たちは明日から、新宿ダンジョンに籠もってLVあげをすることになった。それで、今日のうちにそこでできないことはやっちゃおうということで連れてこられたのがここ。


 そう、SE-REN火祭り事件の舞台であり、初級最難関と言われる大涌谷ダンジョン。もちろん、目的は私のRST上げ。せっかく1に戻ったんだから、前は伸びなかったRSTを上げちゃえってことだね。


 誰ともパーティーは組まずに、私はプチサラマンダーと蓮と颯姫さんの魔法を受け続けることになってる。恐ろしや。

 前にプチサラマンダーがMP切れ起こした話ししたら、「そういう個体は私が片付けるからいいわ」ってママが軽~く言った。怖っ!


「そういえば、ママが金沢さんにクラフトしてもらった武器って鞭なんだよね? なんで刀じゃないの?」


 ママが今も腰に付けてるヒヒイロカネ製の鞭を見て、私は疑問に思ったことを率直に尋ねた。そうしたら、即座に不機嫌そうな返事が返ってくる。


「私が知りたいわよ! 絶対刀が来ると思ってたのに! ……敢えて言うなら、ひとつだけ心当たりがあるのよね」

「やっぱり適正武器ってそれなりに理由があるっぽいんですよね……はあ。なんで角材なんだろう」

「颯姫ちゃんの性格良く表してると思うわよ、アレ。攻撃一辺倒の見せかけながら棒術に似て攻防一体、閉ざされてる扉も力でぶち破ってやるって気合いを感じるもの。

 ――ところでユズ、今の家に引っ越してくる前に住んでたアパートのこと覚えてる?」

「え? 前に住んでたところ? 場所とか間取りは覚えてるけど」


 なんでここで前の家の話になるんだろう?

 今の家を建てる前に住んでたアパートは、ほとんど距離が離れてない。だから私は引っ越しはしたけど転校はしなかった。


「あのアパート、異様にゴキが多かったのよ……」


 ママの物凄く低い声に、車内の全員が思わず息を飲んだ。


「だから対G薬剤を仕掛けても仕掛けても壁に張り付いてたりするのを見るから、そういうときは雑巾でバシッてはたき落として、トイレットペーパーに摘まんでトイレに流してたの」

「え、全然覚えてない……」


 Gがたくさんいたとか記憶にないわ。多分、気にしてなかったんだろうな。


「雑巾で殺さずにGを仕留めるにはコツがあるのよ、間合いを間違えて壁でGを潰すと壁が汚れるから、Gに当たって壁には当たらないってすれすれを、手首のスナップを利かせて雑巾ではたき落とすのね。そうするとGは気絶するからそこでトイレに流すの。――今思うと、鞭の振るい方がそれと一緒で。物凄く嫌なんだけど、そのせいだとしか思えないのよね!」

「あまりにも嫌な理由過ぎる……」


 蓮が「思わず」と言った様子で目頭を押さえた。私も同じ気持ちだよ。

 むしろ私や聖弥くんはあまりにも真っ当な武器が出てたから、「角材」とか「鞭」が出てくるのは不思議だと思ってたけど、こうして聞いてみるとどれもこれもその人らしい特性がある。


「でもね、果穂さんすっごい強いのよ。あの『スピードは随一だけど攻撃力で劣る』って言われる鞭とサブ武器使って、大概のモンスは倒せちゃうんだから」


 ママが戦ってる姿を唯一知ってる颯姫さんがしみじみと言うから、私はどういう顔をしたらいいかわからなくなった。感心するやら不憫やらで情緒が混乱するわ。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?