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第259話 レジスト特訓in大涌谷ダンジョン

 間もなく車は大涌谷ダンジョンの駐車場に停まった。

 周囲に微かに漂う硫黄の匂いは、ここからだと白い煙を発しているのが見える大涌谷から風で流れてきたものだ。

 この匂いを嗅ぐと、黒たまごを思い出すね。きっとヤマトに見せたら、喜んで食べたんだろうな。黄身のホクホク感が普通のゆで卵とは違うから、癖になったらちょっと困るけど。

 ああ、そうだ、今度アグさんにも食べさせてあげよう。


 蓮と颯姫さんは朝から装備を着たままだけど、私は家で予備の防具に着替えた上にここで聖弥くんのプリトウェンと蓮のロータスロッドを持たされた。村雨丸は今回はアイテムバッグの中。

 私がお風呂に入ってる間に颯姫さんが計算してくれたんだけど、この組み合わせが一番RSTが付くんだって。


 確かにロータスロッドは魔法補助の杖で誰にも等しく補正が付くから、最大限に恩恵を受けられる。なんと、この組み合わせでRSTが「2(+227)」というとんでもない数値になった。


 蓮は防具に付いてる補正でMPを補い、颯姫さんは装備によるMAG補正がそれほどじゃないらしいので、ふたりには初級魔法を私に向かって撃ってもらう。

 ステータスを見せてもらったけど、ロータスロッドの補正がないせいで蓮のMAGが170程度に収まってるから、初級魔法の攻撃力が上乗せされても私が耐えきれる計算になるのだ。はっきり言って怖いけど。


 しかもダンジョンハウスでママが「マジックポーション100本」って注文するのを聞いたときには思わず青ざめたね。


「準備いいわね? プチサラマンダーがいる4層まで突っ切るわよ!」


 ずっと指揮権を握っているママの号令で2層と3層は走って突っ切り、4層に付いてから私はフロアの真ん中へ躍り出る。すぐにのたのたとプチサラマンダーが私を囲み、ファイアーブレスを浴びせ始めた。

 これは怖くないんだよ。聖弥くんがやったのも前に見てるし。


「ヤマト、ステ……」


 プチサラマンダーが集まったのを見て、思わずいつもの癖で「ステイだよ」と言いかけた。

 ヤマトはいないのに。取り戻すためにこうして特訓に来ているのに。

 自分の甘さに、思わず唇を噛みしめる。その間にもファイアーブレスがバンバン当たってくる。


「柚香、こっちに盾向けろ! ライトニング!」

「ひいっ!」


 プチサラマンダーの攻撃を効率よく私に集中させるために、蓮と颯姫さんは階段から魔法を撃ってくる。

 プリトウェンのRST補正の高さは私もよく知ってるけど、それでも蓮の魔法が飛んでくるのは怖いよ! 盾を構えた手に衝撃は走ったけど、ダメージは通らなかった。

 それでも怖いものは怖い! 蓮の規格外の魔法攻撃力を一番知ってるのは、前にアクアフロウを食らったことのある私だよ!


 初級魔法のファイアーボール・ライトニング・ウインドカッターの中で蓮がライトニングを選んだのは、軌道が直線で対象に対して点でヒットするからだろう。

 ファイアーボールは使用者のMAGに応じて大きくなっちゃうし、ウインドカッターも風の刃の長さがある程度あるから、一番安全な「盾に当てる」事を考えるとこれしかないんだよね。


 蓮と颯姫さんのライトニングを食らいながらも、一応私に対してダメージは入らなかった。武器防具の補正の勝利だね。

 プチサラマンダーはファイアーブレスの連発でMP切れを起こして、動かなくなる個体が出始めた。そういうのを見つけるとママが鞭をピシッと振るって一撃で片付けていく。そうするとMP満タンで再湧きするから。


 魔法を受けてるだけで暇だからその動きを観察してみたけど、足捌きに本当に無駄がなくて、これプチサラマンダーからしたら気配消してるように見えてるんじゃ? って思った。やだぁー、こういう相手と戦いたくないー。


 ママの鞭はよく見ると、先端に棘が付いていた。これは、強いわ……。

 というか、鞭って確かにリーチはあるし、打ち付ける以外にも相手の行動を封じたりできる「ママらしい」武器だけど、攻撃力があるイメージは本当にないんだよね。

 でもママって当たり前のように、軽く振った一撃でプチサラマンダーを倒してる……。そりゃもう、壁に止まってる蚊を潰しました、みたいな簡単さで。


「あの鞭を振るうときの音ね、何を打ってるわけでもないのに聞こえてるでしょ? 先端が音速を超えてるから発生してるのよ」

「音速突破ー!? ひええええ」


 魔法の合間に颯姫さんが教えてくれた、今の私の疑問に解答を出してくれたような知識! 音速を超えた速度で棘付きの先端を叩きつけられたら、そりゃ大抵のモンスはとんでもないダメージを食らうわ……。


 うん、鞭は適正武器だよ。間違いなくママの適正武器。「搦め手」とか「腹黒」って言葉が性格上良く出てくるママをそのまま武器にしたようなもんだわ。


「ダメージ来ないけど、暑い! 暑いよー!」


 ずっとファイアーブレスを撃たれまくってるものだから、辺りの気温が上昇している。私のそんな悲鳴を聞いて、蓮はフロアの端に向かってフロストスフィアを撃ち、ハリケーンで風を起こして空気をかき混ぜてくれた。

 熱気が籠もっていた私の周りを、涼しい風が通り抜けていく。ほっと一息付けたところで階段に呼び寄せられて、水分補給をさせられた。確かに、これをしないと熱中症になってしまう。


 どれくらいそうして魔法を受け続けただろう。

 途中で蓮が4回、颯姫さんが5回マジックポーションを飲んでるのは見た。

 ママが倒すだけ倒して魔石拾わないから、辺りはプチサラマンダーの魔石だらけになってきて。……魔石で足の踏み場がないって状況、初めて見たよ。


「こんなもんでいいかしらね。時間的にも明日のことを考えるとそろそろ終わりにしないと」


 ママが特訓の終了を告げたのは、夕方6時だった。それからがっさがっさと魔石とドロップを集めて、また走って戻ってからダンジョンハウスでそれらを換金。

 ……驚きの、3万円超えだった。初級ダンジョンで一日4000円稼ぐのは難しいとか言われてるのに。


 その魔石を出したプチサラマンダーを全部倒したのはママだけど、LV上がらなかったらしい。それも凄いよね……。


 帰りはヘリで颯姫さんを先に横須賀まで送り届け、茅ヶ崎のうちのヘリポートから蓮は帰って行った。

 何も言わずに、蓮は私の背中をポンと叩いていって、ヤマトのことに関してどう慰めたらいいのか迷ったあげくの行動っぽかった。

 ――うん、思い詰めるなよとか、泣くなよとか言われたら落ち込みそうだもん。

 何も言わないでいてくれて、ちょっと良かったよ。



 いろいろあった一日は、ママが面倒だったからか魔石を売り払って入ってきた3万円で回らないお寿司屋さんからお寿司を取って食べて、その後はいつものようにお風呂に入り、ベッドに向かった。


 ベッドの上では既にサツキが丸くなってたけど、私が部屋に入ってきた音で顔を上げて、キョロキョロと辺りを見回していた。

 そうだね、いつも一緒にいるはずのヤマトがいないんだもん。サツキだって変に思うよね。


「ヤマト……」


 泣かないって決めてたけど、今だけ、ちょっとだけ。

 明日からは頑張るから。ヤマトを取り戻すまでもう泣いたりしないから。


 私は枕に顔を埋めて、静かにしゃくり上げながらしばらく涙を流し続けた。


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