夢を見た。
酷く懐かしい、背の君の姿。少年時代は女装してもバレないほど美しかった彼の容色は病のために衰え、次代の
彼の腰には草薙剣はなかった。最後の妃である
神剣を持たずに伊吹山の神に挑んだ小碓王は、失うものの多かった旅に疲れ果て、死ぬ理由を探していたのかもしれない。
「
木の幹にもたれかかり、両足を投げ出した小碓王は今にもその呼吸を止めてしまいそうだった。朦朧としながらも懐から色褪せた布を取り出し、彼は抱きしめている。
「
彼の痛ましい様子に、私は実体を持たない夢の中で思わず手を伸ばしていた。
夢だから、側にいなかったのに今は手が届く。彼が抱きしめていたのは、
同じく流れ着いた櫛は陵墓を作って埋めたけれども、袖はその身から離さなかったみたいだ。――櫛は巫女の象徴でもあるから、巫女としての弟橘媛は立派な陵墓に埋めて祀り、妻としての弟橘は袖を手放さないことで常に共に在り続けたのか。
「小碓王様……愛してましたよ、その先に死別の運命があると気づいていても、共に旅をすることを選んだほどに」
私は前世で愛した人を透ける腕で抱きしめた。すると、何かに気づいたように小碓王が顔を上げた。
「弟橘……そこにいるのか? もう、目が見えぬのだ。どうか、私の声だけでも伝わって欲しい。生まれ変わっても、そなたを愛する。そなたを必ず探してみせる。だから……だから次の世では、最期まで共に……」
「……っ!」
切々と彼が語る純粋な愛に、私は言葉を詰まらせた。
もう目が見えないと言いながら私に向かって手を伸ばした小碓王は、それで力尽きたようにふうと息を吐いた。――そしてそれが、彼の末期の息となった。
「ごめんなさい、私はあなたを選べなかった。こんなにも愛されていたのに」
死した体から、小碓王の魂が白鳥の姿を取って飛び去っていく。
あれは
『絶対見つけ出してみせる。世界中のダンジョンを探してでも』
白鳥を見送っていた私の耳に、自分の声が聞こえてきた。
『ヤマト、私の可愛いヤマト! 絶対に取り戻す! 一緒に幸せに暮らすんだから!』
――ああ、なんでこんな夢を見たのかわかったよ。
これはアカシックレコードに繋がったときに私の中に流れ込んできたものの残滓。
先に死んだ弟橘媛が実際には見ていない小碓王の最期。そして、情愛のために彼が幾度もの転生を重ねた執着の原点だ。
私も、同じなんだ。
大好きだからヤマトと一緒にいたい。大好きだから取り戻す。ヤマトだって私のことが好きなんだから。
笑っちゃいそうになる。少し前までの彩花ちゃんと何も変わらないじゃない。
そうか、案外似たもの同士夫婦だったんだね、私たち。
今ならわかるよ、その気持ちが。
「だけど! 私女の子は恋愛対象にならないからーっ!」
……そんなアホみたいな自分の叫び声で目が覚めた。
「なんつー夢……はぁ」
スマホをチェックすると、セットした目覚ましの時間より大分早い。多分、この時間に起きるのが癖になってるからだね。
今日は目覚ましの時間がいつもよりも遅かったんだ。ヤマトを散歩に連れて行く必要がなかったから。
日常のさりげないひとつひとつの事柄に、ヤマトの存在が見え隠れしていて胸が切なくなる。
寂しくなってしまったので、珍しく朝まで一緒に寝ていたらしいサツキを布団に引っ張り込んで、抱きしめたままアラームが鳴るまでダラダラとした。
今日はランニングは軽めにした。特訓ってあのママと颯姫さんのことだし、何をやらされるかわからないからね……。
家に戻ってから鏡で髪がぐしゃぐしゃになったりしてないかチェックして、部屋で机にスマホを据える。
「ゆ~かです。……本当だったら『おはワンコー』とか元気よく挨拶しなきゃいけないところだけど、ごめんなさい、今どうしてもそういう気持ちになれません。ヤマトが、いないから」
いつも配信では笑顔を見せてきた。これはX‘sに投稿するための動画だけど、私は真面目な顔でカメラに向かっていた。
「昨日聖弥くんも投稿してくれたけど、ヤマトは生きてます。私が戦っていた相手は、私と鏡写しのようにヤマトを大事に思ってる存在だったから、絶対にヤマトを殺すわけがないんです。要は、ここ最近の私が遭遇してたトラブルは、ヤマトを巡る取り合いみたいなものだったんです。私はヤマトを手放したくなかった。向こうはヤマトを取り戻したかった。ヤマト自身は、私と一緒にいることを選んでくれてました。でも、相手もこっちも必死で、私たちは相手を倒せたけどヤマトはどこかに飛ばされてしまった……飛ばした相手を倒しちゃったから、ヤマトの居場所のヒントも……ううん、生きてても絶対教えてくれなかったと思う」
今なら、撫子の事がよくわかる。私だって「相手の方が大事にしてくれるから」とかの理由で、ヤマトを他の人に託すことなんかあり得ない。
「その上で、お願いがあります。ヤマトは今は私と契約が切れたモンスターだから、どこかのダンジョンにいるはずなんです。ダンジョンに潜ったついででいいですから、『暴走犬』Tシャツを着てるヤマトを見つけたら教えてください」
先に誰かがテイムするかもっていう可能性については、私は心配してない。リセットされたのは契約関係と経験値だけだから、ヤマトは私か彩花ちゃんの従魔にしかならないはず。そのことはヤマトを信じてる。
「私も、どれだけダンジョンを巡ることになってもヤマトを絶対取り戻します。だから、今日からレベリング特訓をしてきます。何日で戻るかはよくわからないけど、多分1週間くらい? 電波の入らない場所に行くので、スマホとかはその間使えません。だから、私が次にここを見るのはその後になっちゃうけど――」
スマホのカメラに向かって、私はぎゅっと唇を引き結んでから、切々と訴えた。
「お願い、助けてください。へっぽこマスターに暴走ドッグだったけど、私にとってヤマトは唯一無二の相棒で、大事な家族なんです。どうしても取り戻したいんです! もし知り合いに冒険者がいたら、その人に頼んでもいいです。『犬がいたら教えて』って伝えるだけでいいです。お願いします」
……ときどきTLに流れてくる、迷子のペットを探す投稿。あれをする人もこんな気持ちなんだろうな。
「私は私にできることをしてきます。……それじゃ、行ってきます」
深々と頭を下げて、撮影を終了する。その動画を確認してからアップして、固定ポストにした。
リポストもリプもたくさん付くけど、私は通知を切ってるから、敢えて今は見ない。
今私がやることは、強くなることだ。