「敢えて手加減しないから、死ぬ気で付いてきて」
彩花ちゃんは私からなまくらの剣を取り上げると、私には「道場の木刀使って」と指定してきた。
防具の補正のおかげで死ぬことはないと思うけど、これは命懸けだ……。
「ハッ!」
彩花ちゃんがなまくらの剣を上から凄い速さで振り下ろしてくる。両手で握った木刀で私はそれを受けながら一歩下がり、剣を弾いて下がった分前に出ながら突きを放った。
ゴン、という鈍い音が響く。彩花ちゃんが剣を返して、私の木刀をまたはじき返した。……タングステン製の剣とイスノキの木刀って、こんな音がしちゃうのか。
今の私にとっての限界の速さで、お互いに打ち込み、いなし、隙を狙って本気の攻撃を入れるやりとりが続く。
手がじんじんと痺れる。私の下がったステータスだと、いくら防具補正が付いていても彩花ちゃんの動きに付いていって、かつなまくらの剣の鈍器のような重さの打撃を受けるのはきつい!
木刀を上段に構えて左右に振り、彩花ちゃんからの攻撃をしのぎきる。ちらっと見えた彩花ちゃんの表情は、目を輝かせて笑いを浮かべていた。これは! 同じく強さの鬼だった小碓モード!!
あっちは余裕。こっちはギリギリ。――でも、だからこそ私にとっては修行になる!
「イヤァァァ!」
急に後ろに飛んで距離を取った彩花ちゃんが、雄叫びを上げながら一気に距離を詰めると共に剣を振り下ろしてくる! これはうちの道場の技だ! 絶対受けちゃいけないやつ!
薩摩の初太刀は必ず避けろと言われた恐ろしい威力を秘めた一撃を、私は横に回転することで回避した。
あんなの、イスノキの木刀で本気で受けたら私が額割られるやつじゃん!
「彩花ちゃん! それ笠間自顕流の!」
「倉橋に誘ってもらってランバージャック稽古に参加したんだ。いいね、あれ。ストレス解消になってクセになりそう!」
だからか……木を斬り倒してストレス解消するだけでなくて、技もしっかり見て目で盗んできたって事ね。
「キエエェェェアァァア!」
私も距離を取って、今出せる全速力で駆けながら全力で木刀を振り下ろす。さっき私が受けずに避けたのを見た彩花ちゃんは、木刀の軌道を読んで真横から剣を当ててきた。力尽くの一撃に私の剣の軌道が逸れる!
「女子高生同士の戦いじゃない……」
なんか物凄く落胆したようなバス屋さんの声が聞こえたけど、そんな事知らんわ!
てか、周囲の声が聞き取れて考える余裕があるって事は、私の限界はまだ先だ。
村雨丸を最初持った頃にしてしまったような細かい動きじゃなくて、木刀全体で斬り付けるような遠心力を最大に活かした動きで攻める。私は息が上がってきたけど、彩花ちゃんは汗ひとつ掻いてなくて楽しそうなままだ。
ゴン! ゴン! と武器のぶつかり合う音が絶え間なく響く。
今まで一番手合わせをしてきた相手だから、まだ私はついて行けてる。動きを知っているから。でも、やっぱりきつい!
なまくらの剣の一撃をいなしたとき、一歩下がったつもりが膝がガクッと砕けてしまった。
「そこまでよ」
彩花ちゃんが私の首筋にぴたりとなまくらの剣を当てたのと、ママがストップを掛けたのは同時だ。
「うわあああああ、怖ええええええ」
「これが伝説の、冒険者科頂上決戦リベンジ……」
蓮は怯え、聖弥くんは感慨深そうに私たちを見てる。伝説って何!? あの実技でやった手合わせ、話盛られすぎてない!?
「うーん、凄い。補正があるといってもLV1でこれか」
「ゆ~かちゃんはポーション飲んどいた方がいいかな」
「女子高生の……手合わせと違う……キャッキャしてない……」
「何アホなことを言ってんの。どこの世界に真剣勝負でキャッキャする人がいるのよ」
ライトさんは率直に感心し、タイムさんは私の疲労度合いからポーションを飲んだ方がいいと提案してくれた。私もそう思う。普通のダンジョン攻略とは疲れ方が違う!
そして肩を落としてうなだれるバス屋さんは颯姫さんにどつかれていた。本当に、女子高生の正しい手合わせってなんやねん!
「まず5層に行かないと話にならないんだけど、ここって通常のダンジョンより敵が強いのね。中級ダンジョン相当の敵が、異様に硬い感じって覚えておいて。ゆ~かちゃん以外は攻撃禁止。経験値を分散させて、LV10になるまでにどれだけ鍛えられるかがやっぱり重要だから」
颯姫さんの説明に頷きながらポーションを飲むと、重怠い疲労に包まれていた体が軽くなった。
「フロアの敵は全部倒すくらいの勢いで、ですか?」
「そうね、5人で分散するとどのくらいの経験値が入るか読みにくいけど、多分5層まででLV10は行っちゃうから。そこまで頑張って」
「はい!」
久々に握るなまくらの剣をブンと振って私は答えた。初めて持ったときは重く感じたんだけど、今は補正のせいでむしろあの時より軽いね。
でも、LV1の私が補正無しで持ったら、きついんだろうなー。
特殊ダンジョン、敵が強い、でも経験値はうまい……。一体どんなダンジョンなんだろうと思ったけど、2層はごくごくシンプルな何もないフロアが広がっていた。これは初級によくある感じだね。
敵は――おっと、あんまり縁がなかったゴーレム師匠だ! これはある意味ラッキー?
剣というより鈍器のなまくらの剣で、私は思いっきりゴーレムに斬りかかる。ゴーレムの動き、LV1の私から見ても速くはないな。いや、これも防具の補正のおかげ!
打撃の勢いでゴーレムは片足を上げるほどぐらついたけど、倒れない。2度3度と相手に攻撃させる余裕もないように全力の攻撃を畳み掛けると、やっと5回目の攻撃でガラガラとゴーレムが崩れ去った。
ゴーレム師匠……師匠というあだ名に違わず、強かった……。
強かったというか硬かったんだけど、私が弱くなったからなのか、新宿ダンジョンの敵が硬いからなのかは判別できない。両方かな。
後には何も残らない。本当にドロップがないんだ。まあ、いちいちドロップを拾う手間は省けるね。
地面が土の平地エリアなのに、出てくる敵は割と雑多だ。ゴーレム以外にレイスなんかも出るから、半透明の体をボッコボコに叩きまくる。
「柚香ちゃん、武器変えて。次はこれ」
聖弥くんが突然声を掛けてきて、颯姫さんがさっと近寄ってきた。私私に渡されたのは小さい刃物――ってこれは!?
「果物ナイフ!?」
「見てたけど、やっぱりなまくらの剣じゃAGIが鍛えられない気がする。柚香ちゃんの今までの戦い方を活かすには、やっぱり高AGI高DEXが必要だから」
そこでダガーでもなく、そもそも武器カテゴリにも入らない100円ショップのものっぽい果物ナイフですか……。
「殴る蹴るは有りで?」
「有りだよ。なまくらの剣はSTRは上がるけど、ショートソードの分類上AGIとDEXの伸びに対して影響が低いみたいだから」
聖弥くん、ユズーズブートキャンプはしなかったくせに、ステータス上げの詳細情報は勉強してきたんだ。
クラスで唯一ブートキャンプしなかったって事で、自分だけがステータスの伸びが悪いことを気にしてたもんね。
「……やってやろうじゃん」
刃渡り10㎝もない、おもちゃみたいな果物ナイフ。それを手にゴーレムに一歩近付く。
「果物ナイフ10本買ってあるから、壊しても大丈夫だからね!」
壊したら殴る蹴るで倒した方が速そうだと思ったのに、やっぱりこういうところが準備万端なんだよね、由井聖弥!!