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第263話 特殊ダンジョンの秘密

 3層の敵を全滅させるまでの間に、果物ナイフは全部壊れた。

 というかね、ゴーレムに対してさすがにあの刃で斬り付けてダメージが通るとは思えなかったから、柄を握ったまま柄の方を叩きつけたんだよね。それが壊れるのが早かった理由かも。


 後は本当に、アポイタカラ製のリングブレスしてるから殴る蹴るですよ。レイスを裏拳で吹っ飛ばし、ゴーレムは腹に一撃入れてから足払いで転ばせて、思いっきり肘打ちを叩き込む。

 敵を倒してLVアップしてきてるのか、私の動きも最初よりスムーズになってきた。

 バス屋さんは何故か私の戦い方を見ながら泣いてた。


 でも、さすがにフロアの敵を私ひとりで全滅させながら進むのは疲れる。確実に強くなる気はするけどね!

 5層の敵を倒しきったときには、さすがに私も一度回復したにも関わらず肩で息をしていた。そんな私に颯姫さんたちが拍手をする。


「凄い凄い。補正があるからってLV1からで5層まで……私なんて最初は2層も突破できなくて、他のダンジョンで『LV上げのためのLVあげ』をすることになったのに」

「……で、ここからどうしたらいいんですか」


 敵が一時的に全滅したフロアを見渡して私は尋ねた。下る階段が見当たらなくて、まさかここまでじゃないよね、と悩みながら。


「大丈夫、これが新宿ダンジョンの『序の口』なの。こっち来て」


 颯姫さんが下ってきた階段の真向かいの壁に向かうので、私たちはその後を付いていった。……やっぱり、下り階段ないなあ。なんか台はあるけど。


「これから見ることは他に漏らさないでね。寧々ちゃんにも同じ事は言ってあるけど」


 颯姫さんが紺色の平たいものを出して、開いて台の上に載せた。よく見ると台には薄いへこみがあって、颯姫さんが置いた物がジャストフィットする。

 ってか、大きさといい形といい、生徒手帳では!? 表紙に金で箔押ししてあったはずの校章とかは消えちゃってるけど!


《認証完了。お帰りなさい、颯姫さん》


 男性の声の無機質なアナウンスが響く。同時に目の前に下り階段が出現した。


「何これ、颯姫ちゃん専用ダンジョンみたいじゃない」


 名指しのアナウンスにママまでもが驚いていると、颯姫さんは真顔で振り向いて頷いた。


「そうです。――ここは本来、私のために作られたダンジョン。いや、違うな。100層にいるダンジョンマスターが、私を鍛えるために作ったダンジョンです」


 下り階段の途中に、壁にドアが付いていた。こんなものも初めて見るよ!

 颯姫さんがそのドアにあるくぼみにまた生徒手帳を当てると、カチリと音がした。

 彼女がドアを開けるのを息をつめて見ていたら、中は普通のマンションっぽい!


 入り口が突然地上に出現したこととか、地下には本来他のものがあるはずのところまでダンジョンができてたりすることから、「ダンジョンでは空間が歪んでる」という説がある。

 それをまざまざと見せつけるように、「階段の途中」から居住エリアみたいな部屋に入れるなんて!


「ちなみに反対側の壁はポータルね。5層ごとに既に攻略済みのフロアに跳べるの」

「ひえええええええ」

「これは、特殊を通り越してる」

「誰が作ったの? それ以前に人間がダンジョンを作るってあり得ることなの?」


 颯姫さんが説明をしてくれたことに対して、驚きの声が上がる中でママが鋭い質問を投げかけた。

 うん、私はアカシックレコードで知ったけど、ダンジョンって神様が作った物なんだよねえ。

 コード的なものは存在したから、そっちの分野に詳しい人なら何かできるのかもしれないけど、ではまず干渉できるわけがない。


「とりあえず中で話しましょう。ゆ~かちゃんにも休憩が必要ですし」


 颯姫さんの真っ当な一言で、私たちはダンジョン内の謎の部屋に踏み込んだ。颯姫さんが最初に入って壁にあるスイッチを押すと、廊下に明かりがつく。続く私たちも玄関で靴を脱いで、出されたスリッパを履いて室内を歩く。うわあ、めちゃくちゃマンション感。

 廊下には両脇に計4つのドアがあった。そして廊下の突き当たりはリビングダイニングキッチン!


「な、なんですかこれ! 冷蔵庫もある! 電源どっから取ってるんです!?」


 私が叫ぼうとしたことをいち早く蓮が叫ぶ。ホントそれ!!


「さあ……多分複数の近所のビルから、気づかれないよう分散して盗ってるんじゃないかなあ」

「颯姫さんも知らないんですか?」

「知っててたまるかというのが正直なところで……私が知ってるのは、このダンジョンに関するほんの少しのことだけ。運用法とかね」

「アネーゴ、部屋増やした方が良くね?」

「今バス屋が軽ーく言ったけど、部屋の構造を変えたりすることもできるの。私しかない権限なんだけど」


 そう言うと颯姫さんはリビングの隅に据え付けられたタブレットに向かって、何か操作を始めた。


「えーと、女性4人男性5人か……一部屋増やしてベッドはそれぞれ4・3・2ね。壁紙設定とかはどうでもいいっつーの、デフォルトで。あ、お風呂とトイレももうひとつずつあった方がいいね。ダイニングテーブルも大きくして」

「ひえええええ……」


 颯姫さんがさくさくとしゃべりながら入力をしていく。その光景の異様さに私と彩花ちゃんは抱き合って震えた。


「設定完了。実行、っと」


 とん、と颯姫さんの指がタブレット上の表示をタップする。そうすると私の視界がぐにゃりと歪み、次の瞬間我に返ると大きくなったダイニングテーブルが目に入った。


「ぎにゃあああああああ! 本当に変化してるぅぅぅ!」

「えっ、ちょっと見てきていいですか?」


 彩花ちゃんは絶叫し、聖弥くんは真顔で廊下に飛び出していった。そしてしばらくして「解せぬ」って顔で戻ってくる。


「廊下にあったドアの数が変わってた。脱衣所付きのバスルームがふたつと、洗浄機能付きトイレもふたつ。それと、寝室が3つ。それぞれベットの数は4つと3つと2つ。……どういう原理なんだろう」


 聖弥くんの説明に蓮が無言でぶっ倒れた。非常識が限界突破したか……。


「原理は私もわからない。でも原理を知らなくても運用はできるでしょう? この新宿ダンジョンを作った人は、『そういう風に』このダンジョンを設計したのよね。私程度の知識では、プログラムとしてのダンジョンシステムをいじれないことをわかった上で」


 淡々と颯姫さんが語ったことに私は息を飲んだ。

 颯姫さんと新宿ダンジョンを作ったダンジョンマスターは、ダンジョンがコードによって生成されて管理されていることを知ってるんだ。

 でも、どうやって介入したんだろう……。

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