「気持ち悪いなー、なんでベッドの数まで増えるんです? 空間が広がるだけならともかく、物質が増えるのおかしくないですか?」
鳥肌が立ったらしい腕をさすりながら、「解せぬ」って顔で聖弥くんが颯姫さんに向かって尋ねる。
「私も最初は『これはあまりにも』って思ったんだけどね、でも私たちは実は普段からその非常識に接してるのよ。――ダンジョンに発生する宝箱と中のアイテム、あれと同じ仕組みで、おそらくここにあるアイテムの数々は具現化しているんじゃないかと思う」
颯姫さんの示したひとつの説に、私たちはそれぞれに「あっ」と声を上げた。
「そう言われてみれば……そうですね、宝箱はいきなり何もないところに発生したりするし、その中には外の世界に持ち出せる物すら入ってる。なるほど、ダンジョンの宝箱は不思議に思わないけど、同じ仕組みでも見せ方が違えば違和感を感じるってことか。……そもそも、ダンジョン自体が非常識ですよね、生まれたときからあったから、僕たちはあまり疑問を抱かないで来ちゃったけど」
うん、それは私も聖弥くんに同意。「こういうもの」って物心着く頃には既にあったから、スマホが浮くのもなんとも思わなかったし
大人がしみじみ「便利になったよなー」って言うけど、何のことだろうって思ってたくらいだ。
「でもこのダンジョンを設計した人間はその原理を使って、『私に使えるシステム』として提示はしてるけど、私が自由にアイテムを出せるわけじゃないの。例えばこのゲーム機なんかは外から持ち込んだ物だし、冷蔵庫は設定から出したものが小さかったから、やっぱり買って据え付けたものだからね」
キッチンはうちのキッチンと同じくらいに広くて、必要そうな物は全て揃っていた。冷蔵庫に電子レンジ、コンロ、食器洗浄機にコーヒーメーカーまで。
「ここまで揃えてあると一般家庭のキッチンよねえ。食器の数で言ったらそれ以上かも」
食器棚をチェックしてママが感心したように言う。確かに食器は凄くたくさんあるな!
「あ、それはバス屋がよく割るから。不揃いにするのが嫌なんで、100円ショップで大量に同じ物を買ってきてるんです。一応パントリーがアイテムバッグ方式の収納空間になってるから、同じお皿100枚とかありますよ」
そして理由はまさかのバス屋さんだったよ! でも「不揃いにするのが嫌」って辺りがなんとなく颯姫さんらしいかな。おかげで、5人も増えたのに食器には困らなさそう。
「この部屋のおかげで、私たちはここに長期間籠もれるわけですよ。普通の上級ダンジョンなんかは、30層まで下って戻ってきたら途中泊しなきゃいけないじゃないですか。アイテムバッグがあればいいけど、そうでない人は食べ物と水を持ち込むだけで一苦労」
「そうそう、それよね。下層に何日間も滞在できるのは、隠し部屋があるダンジョンに限られるし、お風呂は1日我慢できてもトイレは本当に困るわ」
――ライトニング・グロウが、特にバス屋さんのLVが冒険者歴に比べて異様に高いわけが納得いったわ。
この部屋があれば、何日でも籠もれる。ポータルがあるから、1層から下っていくなんて面倒なことをしないで、いきなり強い敵がいるところに跳んで戦える。
「携帯食でずっと過ごすのも気力を削ぐでしょ? だから、ここにいるときにはちゃんとご飯は作ったものを食べるようにしてるんだ。それでちゃんとお風呂に入って、ベッドで寝る。それが私たちの強さの秘密ってこと」
LV80超えだもんね。逆にこんな設備がなかったら、そこまで上げるのは無理ゲーだよ。
「さて、何か飲みながら少し休憩しますか。そうしたら念のためゆ~かちゃんはもう1層くらいひとりで戦って、そこから本格的にLV上げって感じで」
ポンポンと手を叩いて、颯姫さんが場を仕切る。あ、これだ! ライトニング・グロウの中でリーダーはライトさんだけど颯姫さんが中心にいるように見える理由!
その性質上、パーティーが文字通り寝食共にする事が多い中で、それを仕切ってるのが颯姫さんなんだ。だから発言権もあるし、存在感も強い。
解せたーーーーーーーーーーー。
私が腑に落ちている一方、聖弥くんとママはまだなんか納得いかないようで、考え込んでいる。蓮と彩花ちゃんなんかソファに寝っ転がってるのに。
「それにしても、なんでそこまでダンジョンマスターは颯姫ちゃんにLV上げを強いてるの? 普通の冒険者として稼ぐなら、そこまでのLVは必要ないでしょ?」
「そうですね……極簡単に言うと、私に強くなって欲しいからですね。なんでってことだと長い話になっちゃうので、今日のノルマとしてもうちょっと戦ってからにしましょうか。ゆ~かちゃんだけで1層戦って、それからお昼にして、午後また3層くらい。これはポータルで跳んで、そうだなあ……20層くらいかな。蓮くんと果穂さんがいるからなんとかなるでしょう」
「ゆ~かちゃん、何飲む? 冷蔵庫の中の飲み物は、名前が書いてないのは勝手に飲んでいいやつだからね」
ライトさんが手招きしてくれて、冷蔵庫の中身を見せてくれた。奥の方に缶ビールとかも見える。缶ビールに「バ禁」ってシール貼ってあるんだけど、あれは「バス屋禁止」って意味だろうか……。
「温かい飲み物もいろいろあるよ、藤さんの趣味で、コーヒー紅茶烏龍茶。あとホットチョコとかも」
「あー、このホットチョコ、うちにもある奴だ! ママがよくコーヒーに入れてカフェモカにしてる奴!」
「えー、私それ飲む! コーヒー淹れていい?」
見慣れたパックのホットチョコを見たもんで思わず反応したら、ママが食いついてきた。それを見て、あははと軽い笑い声を颯姫さんは上げた。
ママと颯姫さんって、本当に「一緒に仲良く冒険者してた」っていうのがわかる。
もしかして颯姫さんの腹黒思考ってママの影響だったりして!?
「もちろんですよー。私にこれ教えてくれたの果穂さんですもんね。ダンジョンにまで持ってきてて、『これでカフェモカ作ると美味しいのよ』って布教してて……冒険者としては、あの頃が一番楽しかったかもなあ」
颯姫さんが言ってるのは、ママや毛利さんと同じパーティーにいた頃の事なんだろうね。いい思い出らしいけど、私はちらっと思ってしまった。
じゃあ今は、颯姫さんは「冒険者としては楽しくない」のかな、って。