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第265話 ダンジョン的非常識

 ママと颯姫さんお勧めのカフェモカがみんな気になったらしくて、高校生組は全員それを飲んだ。

 その間に颯姫さんはまた端末に向かって何やら設定していて、「よし」と声が聞こえたからうまくいったんだろうな。


「基本的にこの部屋は各層の階段どこからでも入れるようになってるんだけど、今インターフォンを付けたから。私が一緒について行かなくても戻ってきたいときはインターフォンで知らせてくれれば開けるからね」

「なんて便利な!」

「今までは要らなかったんだけどね。みんなが戦ってる間、私はお昼ご飯作って待ってるから。ルームウエアなんかも出しておくから。さすがに持ってきてないでしょ? ダンジョンだと着の身着のままなのが当たり前だもんね」


 ……宝箱と同じ原理なんだし、理論上ほとんどのものが出せるっていうのは頭では納得できるんだけども。、至れり尽くせりとはこの事か……。でもダンジョンってある意味キャンプと同じく不自由さを楽しむのもひとつの要素と思ってたから、実は私にとってはちょっぴりだけど釈然としないところはあるね。


 休憩は終わりにして、ライトニング・グロウの人たちは部屋に残り、私たちは階段を下って6層へ行って戦う。戦うといっても、私ひとりが戦うだけで、後の4人は私に入る経験値を分散させる役割しかないけど。


「わ、ヘビだ」


 普通のダンジョンも6層から敵が変わることが多いんだけど、ここは土壁の平地なのに擬似的に森林エリアになってるらしく、木がないからヘビは地上をシュシュッとくねってくる。

 中級ダンジョン準拠っぽくてヘビも初級にいる奴より一回り大きいし、上級にいる「カマキリ」ことキラーマンティスの劣化版であるキラーの付かないマンティスもいる。上級だとアルミラージが出るけど、中層森エリアは後は――。


「うおっと!」


 でっかいクモがジャンプしてきたので、避けた後でイスノキの木刀でガツンと殴りつけてやった。一発では倒せなくて動きが鈍くなっただけだから、とりあえず脚を潰してからひっくり返して腹部に真上から思いっきり突き。これでやっと倒せた。


「敵が硬い!」

「いやゆずっち、確かにここのは硬いっぽいけど、補正が付いてるのを考えるとこれが他の冒険者からすると普通の手応えだよ。ゆずっちたちは武器と防具の補正で強くなりすぎてて、ダンジョンでの常識がずれてる」


 うっ、愚痴ったら彩花ちゃんに諭された……まさかの「強さの非常識」彩花ちゃんに!


「柚香、頑張れ。見てるしかできないけど」

「あ、そうだ、バフ掛けてあげるよ。ラピッドブースト! パワーブースト!」


 応援してくれるだけの彼氏に、今頃バフを掛けてくれるパーティーメンバー……。

 バフ掛けるならもっと前から掛けてよって言いたかったけど、私も忘れてたからね。普段不要な強さだったから。


「キエエエエエエエエエェイ!」


 不自然に立ってる木に向かって思いっきり猿叫しながら走って、ランバージャック稽古かよって感じに木刀を打ち付ける。木はぐらっと傾いたけど、根っこが持ち上がってバランスを取り、枝がこっちに向かって振るわれてきた。

 本来森林エリアにいるはずなのに、ダンジョンの設定のせいで一切擬態できてないトレントってある意味不憫だなあ。


 木刀をフルに使うように大きく振ってこっちに伸ばされた枝を叩き折り、さっき打ったところを狙ってまた打撃を入れる。バサバサと枝を振るう凄い音がするけど、そのうちトレントも倒れた。


 猿叫したのはわざとモンスを集めるためで、それからは無心に木刀を振るい、敵を倒し続ける。

 敵が硬くて時間が掛かるから、これリスポーンしてエンドレスになるんじゃ? と思ったけど、聖弥くんがデクスターブーストも掛けてくれた結果クリティカルが出るようになって1時間ぎりぎり掛からないくらいの時間でフロア中のモンスを片付けることができた。


「つ、疲れた……でもなんかLV上がってる気はする」


 最初の頃とは疲れ方が違ってきた。これ、長期間かかってたらわからないけど、短時間でLV上がってるから気づけたことなんだろうな。

 木刀を振り上げて振り下ろす、それだけの動作でも先端に載った速さの違いというのが実感できる。


「お疲れ。電波入らないのが面倒だよなー。ステータス確認できないの地味に辛い」


 蓮に労われながら、みんなで階段に戻ってドアの横に出現してるインターフォンで戻ったことを告げる。

 はあ、これからお昼休憩を挟んで20層か……多分そこは蓮たちも戦うんだろうけど、また敵が面倒なんだろうなあ。


 ちょっと重い気持ちで靴を脱いでスリッパを履いてリビングのドアを開けると、途端にふわっと甘い香りが漂ってきた。

 え、こ、このダンジョンではあり得ない香りは!!


「お帰りー。フレンチトースト焼いてあるよ。蜂蜜とメープルシロップお好みでね」

「はい、各自食パン何枚分食べるか自己申告」


 うわああ! 颯姫さんはフレンチトーストを焼き続けてるし、ライトさんはアイテムバッグからどんとお皿を出してテーブルのど真ん中に置くし!

 そっか、ライトニング・グロウのアイテムバッグは貴重な時間が止まるタイプのやつなんだ。だから焼きたてほやほやがこんなに!


「うわー、美味しそうー!」

「ベーコンも焼いてあるからね。フレンチトーストは甘みとかは付けてないから、しょっぱい物が好きな人はそれ載せてどうぞ。サラダもちゃんと食べてね」

「今日もアネーゴの溢れ出るオカン力が凄い」


 颯姫さん凄いなあって思っていたらバス屋さんが余計な一言を言って、フライパンで殴られていた。冒険者同士だから、このくらいでは怪我はしないんだよね。絵面は凄いけど。


 ……しかし誰がダンジョンで焼きたてフレンチトーストを食べる日が来ると思うでしょうか。思わないよねえ。

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