「今それどころじゃないのに麒麟がいるー!」
叫んだ後でしまったと思ったけど、麒麟は逃げたり攻撃態勢に入ったりはしなかった。私に撫でられて気持ちよさそうに目を細めてる。くっ、可愛いな!
今、完全に全員の意識が私のスマホに向いてたもんね。それが麒麟のゾーンをかいくぐった理由かな。敵意がなければトコトコ近付いて来ちゃうモンスターなんだね。
というか、目の前に長い鼻っ面があったらそれはもう撫でるものなんですよ! 馬でも牛でも鹿でもコーギーでも! 私も麒麟を撫でる日が来るなんて思ってなかったけどね。
「これどういう状況?」
麒麟に怯えながらもバス屋さんが混乱極まった顔で眉をハの字に下げている。
「柚香がテイマーだから、こっちに害意がないのをわかっておとなしくしてる感じか?」
「テイマースキルは関係ありそうだよね。この後どうしようって悩むところだけど」
蓮や聖弥くんは麒麟を物珍しそうに眺めてるけど、困惑はしてるね。確かに「この後どうしよう」だよ。今は近くに他のモンスターがいないからいいけど、攻撃されたら私たちも反撃するしかないだろうし。
「……私、この子をテイムする!」
「は?」
勢い込んであいちゃんが麒麟の首筋に抱きつき、たてがみをめちゃくちゃ撫でながら宣言した。
テイムかー! 確かにそうすれば私たちが攻撃されることもなくなるけど……。
「麒麟って仁獣って言われてるんだっけ」
「仁って何」
「あれだよ、あれ。仁義礼智忠信孝悌」
「説明になってない」
「里見八犬伝に出てくる奴!」
「だから、仁の説明になってないってば」
あいちゃんは麒麟に抱きつき、麒麟はあいちゃんをフンフンと嗅いでおり、他のメンバーは「仁とは」と紛糾している。
「仁は……思いやりや優しさのことだって。うん、アイリちゃんにぴったりだと思うよ」
ひとりスマホで何かを調べた聖弥くんが真っ白な笑顔をあいちゃんに向けた。思いやり……優しさ……確かにあいちゃんにはそういう要素もあるけど、変な顔になっちゃうね。口で説明するよりまず手が出ちゃうのを私も彩花ちゃんもよく知ってるし、聖弥くんなんかぶっ叩かれた側なのに。
「なんか、見た瞬間『この子だー!』って思ったの。だって凄く綺麗なんだもん」
この場で仁から一番遠そうなあいちゃんと麒麟は見つめ合い、しばらくした後麒麟はその場に座り込んであいちゃんに頭を下げた。こ、これはテイム成功か!?
「なんか脳内アナウンスきた! マスターと認定だって」
「ひええええええ……あいっちが麒麟のマスターに?」
「え、あいちゃん、スムーズにテイムしたね? 寧々ちゃんの時より簡単だったじゃん」
やっぱり、モンスター相手でも一目惚れって強いのかぁ。そこら辺のツノウサを適当に捕まえてテイムしたマユちゃんのときと、思い入れが多分違うもんね。
「と、とりあえず階段に移動しよう。麒麟が従魔になったらもう安全だし」
私のスマホもバッチリ充電しないといけないしね。
階段に一旦避難した私たちは、蓮と聖弥くんがX‘sに急いで書き込みをして、あいちゃんはダンジョンアプリから麒麟の情報をチェックしていた。すっごい顔が緩んで……余程嬉しいんだな。
「名前、名前~。麒麟だもんね、うーん、
「おおっ、真っ当なネーミングセンス」
「それっぽーい、さすがあいちゃん」
馬って目が黒いイメージだけど、麒麟の目は確かに緑色だね。睫毛もビシバシにあるし。
あいちゃんはニッコニコで翠玉のたてがみを梳いて編み始めた。とりあえず麒麟のことは置いておいて、配信ぶっちぎれたのは視聴者さんに心配掛けてるだろうから「無事です」ってことだけでも伝えないと。
「ごめん、充電中だし浮かせられないから、持っててくれない?」
「わかった。とりあえず配信しか見てない人に早く教えないとな」
飛ばせられないスマホを操作してourtubeを開き、ライブを開始してから蓮に渡して私を映してもらう。今回はこうしないとダメなんだよね。
「ゆ~かです! いきなり配信途切れてすみません! 麒麟に襲撃されたとかそういうことじゃなくて、充電切れしちゃって……あうううう、自分でも凡ミス過ぎてびっくりです」
ぺこっとカメラに向けて頭を下げる。まだコメントは入ってこないけど、この配信も残せるからとりあえず弁明だね。
「麒麟のことどうしようって話してたら、いきなりスマホが落ちてフロアの岩にゴンって当たって。すっごい焦ったんですけどスマホは壊れてません。スマホもみんなも無事です。今はモバイルバッテリーから充電中で、蓮に持ってもらってます」
『うしろ!?』
お、コメントが来た。後ろ……うん、真後ろにあいちゃんと翠玉がいるもんね。驚くよねえ、私も「なんだこの状況」って確かに思ってる。
「スマホ落ちて、わーどうしようってしてたら、すぐ側に麒麟が来てて……。私もすっごい驚いたんですけど、この鼻っ面見たら条件反射で撫でるでしょ? そしたら暴れもしなかったので、あいちゃんがテイムしました」
『テイム!?』
『麒麟をテイム!?』
『いや撫でないよ』
『アイリちゃんが!?』
『これが麒麟かぁ、実物は初めて見た』
『よくテイムできたな』
おお……コメント欄が阿鼻叫喚だ。「麒麟をテイム」と「あいちゃんが麒麟を」って人によって若干ずれたポイントで驚かれてるけど。
「とりあえず、1時間充電したら配信再開します。X‘sにも告知しておきます」
『心配したよー』
『無事でよかった』
ううう、私のとんでもないミスのおかげで心配掛けてしまったのに、見てる人が優しい。そこで一旦配信を終了して、私たちは階段で少し休憩することにした。
「あいっち、家でこの麒麟飼うの?」
「当たり前じゃん」
呆れてる彩花ちゃんに対して、あいちゃんは鼻息が荒い。麒麟を……家で飼うんですか。まあ、あいちゃんちは大きいから――いや、うーん、家の大きさ関係ないな。むしろ他のことの方が大変そう。
麒麟の大きさ自体は馬より少し小さくて、鹿よりは大きいってくらい。だから、家の中に入るのも無理じゃない。
私が心配してるのは、床が傷つきまくったり、床材によっては麒麟が足滑らせたりするんじゃないかってことだよ。蹄だもんね。肉球じゃないから。
「家が傷ついたり、翠玉が歩きにくかったりしないかな?」
「滑り止め付きの靴作るよ。クラフトだもん、そのくらいやるって」
「餌はどうする? 一日にすっごい果物食べたりコスト高かったりしない?」
「そのためにダンジョン潜ってもいい!」
私やバス屋さんが心配点を指摘しても、あいちゃんはすっごい勢いでそれを片付けていく。
ううーん……同じテイマーとして、この「惚れ込んじゃった感」はわかるなあ。私も夏合宿にヤマトを連れていけなかったとき結構悪あがきしたし。
翠玉もあいちゃんからビシバシと伝わる愛情を感じてるのか、顔をすり寄せたりしてて既に仲良しっぷりを発揮してる。あいちゃんが愛情深いのは間違いないんだよね、暴力的なだけでさ。
「アイリちゃんって、自分が他の人から悪く思われたりしても相手が間違ったことをしようとしてたらそれを正そうとしてくれるよね。だから、麒麟をテイムしてもなんだか納得だよ。さっきまではどうやって対処しようか悩んでたけど、こうしてるのを見ると『綺麗だな』しか思えないし。うん、凄くアイリちゃんらしい従魔だよね」
「えー、そう? 聖弥くんにそう言ってもらえると嬉しいー」
聖弥くんが彼氏のひいき目の入った感想を言って、あいちゃんは照れ照れしていた。
自分が悪く思われたりしても、かあ……。
ものは言いようだなあ。