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第387話 ギリギリジューンブライド

 6月末の土曜日、私たちは招待された颯姫さんと上野さんの結婚式に参列するために横浜市内のレストランにやってきていた。

 ウェルカムスペースというらしい待機エリアで、飾られた新郎新婦の格好をしたテディベアとかを眺めながら、私たちも見知った顔同士で雑談をしている。

 というか、大体見知った人だ。毛利さんもいるしモブさんもいるし赤城さんもいる。多分見覚えない人はほとんど両家の親族だね。


 赤城さんには言いたいことや聞きたいことがいろいろあったけど、絶対はぐらかされるから関わるのをやめた……。


「でも、よく6月の土曜日なんてこんなスケジュールで取れたわねえ」

「仏滅だし、急にキャンセル入ったらしいですよ。それで取れたって聞きました」


 久々に会ったライトさんとタイムさんと話をしていたら、ママが何気なく呟いたことにタイムさんが答えていた。

 仏滅は気にしない人は気にしないんだろうけど、急なキャンセルか……何があったのか考えると闇に落ちそう。

 私の頭の中では、一気に縦ロールの公爵令嬢が王子に婚約破棄されるシーンがよぎったけども。


 先月のおにぎりロシアンルーレットで私たちが文字通り体を張って稼ぎ出したお金で、あちこちに相談しながら高校生組+バス屋さんでのお祝いを用意した。


 メインのプレゼントはフランスの有名ブランドのやたらめったら重いけどすっごい使い勝手のいいビタミンカラーのココット鍋。

 それと、ルーちゃんをデフォルメイラストにしてもらって作ったオリジナルキッチンアイテムとトートバッグを用意した。


 受付には目録を出したけど、現物はいつ渡したらいいですかと式場のスタッフさんに尋ねたら、鍋はともかく他のアイテムは可愛いからってウェルカムスペースにデコってくれた。


 私たち的には鍋が一番のポイントだったんだけどね。高校生組もバス屋さんも上野さんじゃなくて颯姫さんの味方だから、「いざとなったらこれを武器にしてください」くらいのつもりでいた。

 実際、蓋だけでも初心者の盾より重いしさ……。蓮なんかは「これ、マジで鍋!? 防具じゃなくて!?」ってビビってたし。


 やがて式の時間も迫ってきて、私たちは式場の方に移動する。

 ……席次表をじっくり見てみたら、なんか座席の割り振りが思ってたのと違う。

 昔出た親戚の結婚式の記憶がおぼろげにあるくらいだけど、新郎側と新婦側に分かれてたような気がするんだよね。


 でも、レストランだからなのか、それとも招待客の比率がおかしいのか、なんか……すっごく混ざってる。

 そもそも颯姫さんのご両親と上野さんのご両親が同じテーブルだし。ここは、黒留袖とモーニングという正装を着てるから一目でわかる。後の人はもっと軽いパーティードレスとかだもん。


 上野さんのご両親がテーブルにのめり込む勢いで颯姫さんのお母さんに頭下げてるのがよく見える……。お父さんはただいま離席中。

 入院先から失踪して10年間行方不明だったのに、いきなり老けてない姿で戻ってきて、半年で結婚とか青天の霹靂過ぎるよね。


 もしかすると赤城さんから、なんらかの事情は説明されてたのかもしれないなあ。

 その赤城さんは、涼しい顔でうちのパパとママ、そして毛利さんと一緒のテーブルにいる。


 私たちのテーブルは、私と蓮と聖弥くん、それに彩花ちゃんと寧々ちゃんで5人。 事前にあいちゃんのコーディネート付きでパーティードレスとかを買いにいったので、みんなおめかししている。

 というか、蓮が妙に緊張してるけど? あ、寧々ちゃんもかなり緊張してるか。


 結婚式は、私たちが想像しがちなチャペルで神様に誓ったりするものではなく、人前式というスタイルだった。

 らしいといえばらしい。多分颯姫さんも上野さんも、神様に祈ったり頼ったりしないタイプだから。


 司会のアナウンスが入り、式の開始を告げる。そして白いタキシードに身を包んだ上野さんが入場してきたので、私たちは拍手でそれを迎えた。

 思わず顔色をチェックしてしまったけど、大丈夫そうで一安心。前に一度会ったときよりも見るからに健康的で肉付きもよくなってるし、すっごいにこやかだ!


 そして、少し遅れてお父さんにエスコートされながら颯姫さんが入場してきた。


「わあ……」


 思わず声が漏れちゃった。だって、招待状をもらって電話したときには幸せ0%の声が聞こえてたから心配だったんだけど、すっごく綺麗なんだもん!

 純白のウエディングドレスはスカートが大きく膨らんだプリンセスラインで、肩や腕も出ているオフショルダー。

 ダンジョン生活が長くて日焼けしてない颯姫さんは透き通るように色が白くて、なんというか、可憐! 角材を振り回してた人と同一人物とは思えない!


「きれーい、お姫様みたいだね。私もああいうドレス着てみたい」

「オーガンジーたっぷりでプリーツ取ってて、ボリュームあるのにふんわりしてる。素敵」


 彩花ちゃんと寧々ちゃんも、パチパチと拍手をしながら興奮気味に颯姫さんを見つめている。

 今日の彩花ちゃんは乙女モードか。まあ、当然といえば当然かな。結婚式で小碓王モードだったらそれはそれで問題だよ。


 レースのヴェール越しに、少し恥ずかしげに微笑んだ颯姫さんの顔が見える。

 颯姫さんはお父さんと腕を組んでバージンロードをゆっくりと歩いてくる……けど、お父さんが緊張しすぎて手と足一緒に出てる!

 私たちの横を通り過ぎるときに、ふわっと甘い懐かしい香りがした。覚えがあるこの香りは、くちなしの香りだ。華やかに結い上げられた颯姫さんの髪には、「梔の髪飾り」が飾られていた。

 な、なんか感無量ーっ! 私たちがプレゼントしたものを、結婚式で付けてくれるなんて!


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