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第388話 でも、幸せならOKです

 颯姫さんの手をガチガチのお父さんから引き取って、上野さんは颯姫さんを真剣に見つめながらヴェールを上げた。


「私、上野智秋は、生涯を掛けて藤堂颯姫を愛し抜くことを誓います。エナドリの缶を潰されながらプロポーズされた日のことは一生忘れません。――颯姫さん、もう絶対エナドリは飲まないと誓うので、一生側にいてください」


 それ、結婚式で言うことなの!? 言っちゃっていいことなの!?

 私は動揺したけど、「ハハハッ」と赤城さんのバリトンの笑い声と拍手が響いて、思わずつられて拍手してしまった。赤城さん以外にも何箇所か笑いが起きている。

 颯姫さんはちょっと肩をプルプルさせていたけど、一度俯いてため息をついた後、すっごく幸せそうな笑顔で上野さんに笑い返していた。


「……はい。私、藤堂颯姫は生涯を掛けて上野智秋を愛し、支えることを誓います。時には物理で黙らせても、あなたのことは私が守り抜きます」

「頼もしいわ……」


 上野さんのお母さんが目にハンカチを当てながら呟いた一言で、上野さんがご両親からどう思われてるのか察した……。

 なんだろう、なんで他の人はこれを許容できるんだろう。

 そう思ったけど、よく考えたら「ここにいるのは親族と、新宿ダンジョンのことを知ってる人だけ」だった。

 一見可憐な颯姫さんが「横須賀の破城槌」と呼ばれてることも、上野さんを助けるために10年戦い続けたこともみんな知ってるんだ。――多分、上野さんのダメ加減も。

 気づいたらなんか安心しちゃった。


「リングラビットが入場いたします。お写真を撮られる方はどうぞ!」


 そんなアナウンスで、慌ててみんながスマホを取り出している。

 リングラビット? と一瞬頭の上に疑問符が浮いたけど、入場してきたサモエドサイズのウサギを見て「あっ」と気づいた。


「新婦の颯姫さんの従魔、キング・アルミラージのルーちゃんです!」


 司会の人もとってもにこやかだ。そりゃあ、上野さんとお揃いのタキシードを着たでっかいウサギが口にカゴを咥えてピョコピョコと跳ねてきたら、笑顔にならずにはいられないよね!


「キング・アルミラージなんだ」

「わあ、確かにマユちゃんとは角の色が違う」

「可愛い!」


 カシャカシャとスマホの撮影音が鳴りまくる。ママとモブさんなんか、椅子から立ち上がって、通路のギリギリまで行って激写している。


 なるほど! キング・アルミラージね。寧々ちゃんのところのマユちゃんは白い角だったけど、ルーちゃんの角は黒い。オスとメスで種族が変わるのか。

 ……それにしても、無表情のウサギがリングピローの入ったカゴを咥えて歩いている可愛さよ!


 颯姫さんはにっこりと笑い、屈み込んでルーちゃんからカゴを受け取った。ぶっ、と一声鳴いたルーちゃんは、くるりと後ろを向くと「お仕事終わりました」という様子で戻っていく。

 レストランなのに大丈夫なのかなと思ったけど、きっといろいろな条件はクリアしてるんだろうな。

 従魔はお利口だから、こういう役目も難なくこなすね。


 ルーちゃん登場で一気に和やかになった空気の中で、まず上野さんが颯姫さんの手を取って指輪を嵌めた。

 見つめ合いながら指輪交換しているふたりはCMに出てくるようなとても幸せそうな新郎新婦だし、誓いのキスはモブさん含む女の子みんなで「きゃーっ」って言っちゃったし、お幸せにって言いながら拍手しまくった。


「この場のみなさまに結婚の証人となっていただきます。どうぞ、おふたりに祝福の拍手をお送りください!」


 司会者の言葉で更に拍手の音が大きくなった。そうか、人前式だから神様でも仏様でもなく、参列者に向かって誓うんだ。

 ふたりは宣誓書にサインするとそれをこちらに向けて、また拍手が起きる。


 その後は「新郎新婦のプロフィール」とか「ふたりの馴れ初め」とか、普通はあるはずの紹介はなくて、司会者さんも引っ込んでしまった。

 参列者が少ないせいか、ふたりがサインした宣誓書が回ってきて、「見届け人」ってことでみんなが自分の名前を書き込んでいる。


 今日この場になるまで本当に心配だったんだけど、颯姫さんを見つめて笑う上野さんは凄く優しい表情だし、はにかみながら笑い返している颯姫さんはすっごく綺麗で。

 なんだかんだ言いつつ、このふたりは一緒にいて幸せなんだなあって。

 理屈じゃなくて、醸し出す雰囲気がそう伝えてくる。なんだか涙が滲んできそう。


 上野さんを新宿ダンジョン100層から助け出したあの日、静かに涙を流していた颯姫さんがとても綺麗だったのを覚えてる。

 でも、白いドレスに身を包んで幸せそうに笑ってる颯姫さんはもっともっと素敵だ。


「招待してもらえてよかったー。なんか、あの時頑張って戦ったのがこんな形で報われるなんて思ってもみなかったよ」


 宣誓書が私たちのテーブルに来たので、柳川柚香と名前を書き込む。なんか、不思議な気分だな。

 バス屋さん辺りが「これに名前書かなかったらどうなるの?」とか言いそうだと思ってたけど、彼は両脇をライトさんとタイムさんに挟まれて今日は借りてきた猫みたいになってる。


 私から宣誓書を受け取りつつ、彩花ちゃんはうっとりとため息をついた。


「本当にねー。いいなあ、私もいつかあんなドレスを着て結婚式挙げたい。憧れるー」

「ね、素敵だよね。私、長谷部さんはマーメイドラインのドレスが似合うと思う」


 彩花ちゃんもウエディングドレスに憧れるのか……。寧々ちゃんが言うとおり、彩花ちゃんだったらプリンセスラインよりもマーメイドラインが似合うだろうな。胸と腰があるからね。私はあんまり似合わない奴。


「柚香は? どんなドレスが着たい?」

「私? うーん、今颯姫さんが着てるみたいなのかな」


 蓮がサインをしながら何気なく聞いてきたから答えたら、蓮は最後の一画をぐしゃっとずらしながら呻いた。そして慌てて聖弥くんに宣誓書を回している。


「絶対……凄え似合うやつじゃん……」

「ゆずっちは可愛いからね」


 両手で顔を覆っている蓮に、珍しく噛みつくことなく彩花ちゃんが同意している。


「でも柚香ちゃんなら白無垢も似合いそうだね。そしたら蓮は紋付き袴かな」


 聖弥くんがにこやかに言った言葉で、私も顔を覆ってしまった。

 あああ、そういうこと!? どんなドレスが着たいって質問の意図、そういうことなの!?


 すっごい驚いちゃったけど、いつかそういう未来があるとしたら――。そこまで考えて、カッと顔が熱くなる。

 高校生組のテーブルは、颯姫さんが回ってくるまで聖弥くん以外挙動不審になってしまった。


 いろいろあったけども、和やかでみんな楽しげで――ジューンブライドの言葉通りに幸せが約束されたような、凄くいい結婚式だった。


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